【性暴力】被害者が責められる社会の雰囲気なぜ?漫画作者が取材を通して感じた性暴力問題の“閉鎖性”

AI要約

漫画『言えないことをしたのは誰?』は、教師による生徒への性暴力を描いた作品である。加害者の背景を描かず、性暴力の深刻さを浮き彫りにし、被害者の心情や学校の問題を描いている。

教師による性暴力に至る手口や性暴力の加害者への認識の甘さ、加害者と被害者の立場差などを描写し、加害者の背景を描くことの危険性や犯罪の重さを強調している。

取材を通じて、「学校の問題」としての閉鎖性や内部処理、評価重視などが描かれ、被害者支援の不足や性暴力被害の深刻さについての課題が浮き彫りにされている。

【性暴力】被害者が責められる社会の雰囲気なぜ?漫画作者が取材を通して感じた性暴力問題の“閉鎖性”

教師による生徒への性暴力について描いた、さいきまこさんの漫画『言えないことをしたのは誰?』(現代書館)。保健室の先生である、主人公・神尾莉生が加害教師と、そして「学校」という組織と闘います。本作では、被害者の心情、加害者の手口、学校の問題を描いています。インタビュー後編では、加害教師の描写で意識したことや、取材を通じて感じた「学校の問題」、現実の世界での性暴力の問題で、課題に感じていることを伺いました。※本記事には性暴力に関する具体的な表現が含まれます。

■性暴力については加害者の背景を描かない。その理由は?

――加害教師の描写は、どのようなことを考えながら描きましたか?

講談社での連載を開始する際に「これまでの作品では、悪いことをする人物の背景も描くようにしてきましたが、今回は描きません」と担当編集者に伝え、彼からも「その方がいいと思います」と言われていました。

性暴力については今の社会においてはまだ、加害者の背景を描くべきではないと思うんです。それは、殺人事件や強盗などは、世間に「やってはいけないこと」という認識が共有されているものの、性暴力はいまだにそうではないから。被害者に落ち度があると責められることは珍しくないですし、そもそも被害を軽く見られていることが多いです。加害者も、有罪判決を受けて処罰されることに対しての後悔はあっても、被害者に申しわけないことをしたという気持ちは持てないケースがほとんどだと聞きました。

そんな中で、加害者の背景を描いて逃げ道を作ったら、「加害者にも事情があるよね」と被害がさらに軽視されてしまう。性暴力の加害者の背景を描くとしたら、「性犯罪はこんなに罪深いことなのだ」という共通認識ができてからではないでしょうか。

――加害教師とは別に、「いかにも怪しい教師」も登場します。

あの教師のハラスメントも非常に問題です。ただ、ハラスメント気質の教師が必ずしも性的な加害に至るというわけではない。圧迫的な指導をする教師が性加害に至るケースもあれば、作中の加害教師のように「いい先生」に見える人が、被害者をグルーミングして性加害をすることもある。どちらのタイプも、加害者の立場が被害者より圧倒的に上ということは共通しています。「先生に逆らったらどうなるかわかっているのか」と脅すなど、手口は色々とあるのです。

■取材を通して感じた“閉鎖性”

――作中では「学校の問題」にも触れています。学校での性暴力を「スキャンダラス」と表現する空気や、加害疑惑の教師について年度末に異動させればいいと思っている描写や、学校の評判ばかり気にするなど印象的でした。

いじめ問題を報じる記事を読むとピンと来る人も多いと思うのですが、とにかく内々で処理をし、「表に出したくない」という心理がはたらくようで、教師も含めて閉鎖的な組織だと取材を通じて感じました。

昔ながらの、いわゆる「熱血教師」ほど「警察を学校に入れるなんて教育の敗北だ」と思うようです。一見、正論のように見えるのですが、「学校の問題は教育で解決できる」という考えは、学校の聖域化だと思います。そういう空気があると、教師による性暴力も「スキャンダラス」としか見ないでしょう。

取材で「学校の評価が落ちる」という言い方を何度か聞いたのが印象的でした。私は最初、理解ができなかったんです。というのも、公立の学校で、学校ごとに生徒の募集をするわけでもないのに「評価」ってどういうことだろうと。管理職は気にするそうですが、管理職としての評価に関わるからなのだろうと推測しています。上司が気にするのであれば、部下も従わざるをえないですよね。

■性暴力被害の後遺症がまだまだ知られていない

――取材や制作を通じて、さいきさん自身の認識の変化はありましたか?

取材をする前は、性暴力について、ここまで苛烈な後遺症をもたらすものだと思っていませんでした。その苛烈さは、どれほど伝えても伝えきれないのではと思うほどです。

被害者の一人である平手美桜は、加害教師のターゲットにされたものの、ギリギリで加害行為を食い止められます。だからといって、信頼していた教師が性加害を目的に自分のことを見ていたと理解したら、ひどく傷つくでしょう。ただ、正直、作品を描き始めた頃は、平手の「被害」についての認識が薄かったのですが、描くうちに「被害である」という認識が強まっていきました。

「漫画や小説は想像力を駆使して物語を作る仕事」と言われるのですが、性暴力の問題は、被害の実態を知らないまま描くのは危険だなと思っています。作家が想像力を駆使すれば、トラウマも生じない「親子やきょうだいの恋愛」や「レイプ加害者と被害者の恋愛」でも、読者が感情移入できるように描こうと思えば描けるでしょう。でも誤った認識の上で、想像力を使うのは怖いものです。それは二次加害になりますから。

――本作で描いたことに関連して、今どのようなことを課題に感じていますか?

被害による影響が長引くものだと知られていないので、安易に二次加害が行われますし、被害者支援の手薄さにも結びつくと思います。被害の影響から働けなくなり、生活保護を受給している人とSNSで繋がっていたこともありました。少なくとも、カウンセリングは無料で公費でまかなわれるべきではないかと思います。

被害の影響の深刻さが知られていないので、被害後の生活を支えるものが少なすぎるのではないでしょうか。今後も、世間に被害の実態や影響を伝えていく重要性を感じています。

もう一点、被害に関する言葉が、本来とは違った意味で安易に使われていることが気になります。臨床心理士さんに取材をした際に「セロリが苦手な人が、きゅうりとセロリを間違えて食べて、それ以来、きゅうりを食べるのがトラウマ」という使い方をされているのが困るとおっしゃっていました。トラウマ症状の深刻さが軽い印象になってしまうからです。

2023年の刑法改正によって、性犯罪はそれまでよりも量刑が重くなりました。けれども、被害者のトラウマやその後の生活まで慮れば、いまだ「適正化」にも至っていないように私には思えます。今後は、被害者の生活を法的にどう支えていくかも問われていくべきだと思います。

#MeToo運動やフラワーデモなどもあり、ここ数年で被害者も支援者も発信が増えて、動きが急激に広がっていることを感じます。今後はこのムーブメントをバックラッシュ(反動)から守り、いかに進めていけるかが重要だと思います。まだ関心のある人にしか届いていない感覚もあるので、どうやってより広げていくかが課題です。

【プロフィール】 さいきまこ

2000年に集英社より漫画家デビュー。福祉やジェンダーなど社会問題を扱った作品を多く執筆。著書に『陽のあたる家~生活保護に支えられて~』『神様の背中~貧困の中の子どもたち~』『助け合いたい~老後破綻の親、過労死ラインの子~』(秋田書店)など。

インタビュー・文/雪代すみれ