古内一絵「東京ハイダウェイ」 現代を生きる人の心情に寄り添い、心の隙間を埋める

AI要約

古内一絵の作品は穏やかで心に安らぎを与える風景画のような小説である。『東京ハイダウェイ』は2020年代の東京を舞台にし、人々が日常の中で隠れ場所を求める姿を描いている。

主人公の桐人は真面目だが地味な会社員で、自らの隠れ場所をプラネタリウムで見つける。同僚の璃子の影響を受け、日常に少しずつ変化が起き始める。

物語は人々が抱える感情のかたまりを取り除く過程を描き、家族との関係に対する思いが桐人の生き方に大きな影響を与えていることが明らかになる。

古内一絵「東京ハイダウェイ」 現代を生きる人の心情に寄り添い、心の隙間を埋める

 古内一絵の書く小説は、心に生じた隙間を埋めてくれることがある。

 声高にテーマを叫ぶような小説は、書かない。

 情念の焔に胸を焦がされる小説というのでもない。どちらかといえば穏やかで、油彩の風景画を見ているような感じがある。

 古内一絵の見た世界がそこに切り取られている。構図はもちろん、配色や、どのように絵具を重ねていったのか、というような手つきが気になる作家だ。風景画だが、そこに人物が配されている。その人は今からどこへ行くのだろう。旅に出るのだろうか。それともひさしぶりの我が家へ帰ろうとしているのか。気持ちを直接尋ねたいと思わされる。

『東京ハイダウェイ』は、6篇から成る連作短篇集である。舞台は新型コロナウイルス流行によって生活様式や価値観にも変化が生じた、2020年代の東京だ。ハイダウェイ──hideawayという題名の言葉が示すとおり、各篇の登場人物たちは自分だけのひそかな隠れ場所を持っている。あるいは、見つける。日々の暮らしは心を荒ませる。疲れがどうしようもなくなったとき、彼らはそうした隠れ場所を訪れることで一時の安らぎを得るのだ。誰もが心に持っているささやかな願望、自分にも聖なる避難所があればいいのに、という思いをこの小説は描いている。

 第1話「星空のキャッチボール」の主人公・矢作桐人は、20代の会社員である。中堅電子商取引企業パラウェイに新卒入社して5年目になる。20人ほど同期はいた。そのうち桐人ともうひとりだけが物流倉庫に配属されたのである。几帳面な彼には適した職場だった。やがて会社が「パラダイスゲートウェイ」というイーコマースのショッピングモールサイトを設立すると、そのマーケティング部へ異動が決まった。真面目な性格の桐人は、担当することになった店舗の商品を一つひとつ自分で試して、良いところを確認しようとする。そうした誠実だが地味な仕事ぶりに同僚から賞賛の視線を向けられるわけではなく、職場で自分が浮いているように感じている。

 その桐人が、昼休みに訪れるプラネタリウム上映というハイダウェイを発見するのが物語の要になる。自分ひとりで見つけたわけではなく、先に通っていた同僚の神林璃子の後をついていったら、そういうものがあることが判ったのである。本作は連作形式をとっていて、この璃子にまつわるエピソードがサブプロットとして重要な意味を持つ構造になっている。そのため彼女が普段何を考えているのかは最初明かされないのだが、桐人に対してひとつ大事なことを教えてくれる。プラネタリウムで眠ると、会いたい人に会えるんだよ。璃子はそう言ったのである。

 耐えづらさ、生きにくさを感じている人は、心のどこかを塞いでいるわだかまりがあるのかもしれない。6篇は、自分でも気づかないそうしたかたまりを取り除く物語と言うことができるだろう。桐人の場合、ある家族との関係が、自分の思い通りに生きることができないことの遠因になっていた。璃子の言葉からそのことに気づいた桐人の日常は少しずつ動き始める。