Xに《27時間テレビ見なかった》投稿多数…「〇〇しなかった」とわざわざポストする人たちの心理

AI要約

7月20日から21日にかけて、「FNS27時間テレビ 日本一たのしい学園祭!」が放送された。反応は賛否両論であり、視聴した人もいれば見なかった人もいる。このような大規模なイベントに「見なかった」とするアピールには、マウント取りや陰謀論的な解釈がある可能性がある。

SNSやネット掲示板での「見なかった」「行かなかった」というアピールは、自己の主張や他者へのマウント取りを意図している可能性がある。同じような考えを持つ人々が集まり、共感の輪が広がることもある。

実際にイベントを見る・行くよりも「見ない・行かない」アピールの方が楽しいと感じる人もいる。こうした楽しみ方もあるが、それでも実際に体験することでより豊かな経験が得られる可能性もある。

Xに《27時間テレビ見なかった》投稿多数…「〇〇しなかった」とわざわざポストする人たちの心理

 7月20日から21日にかけて、「FNS27時間テレビ 日本一たのしい学園祭!」が放送された。X(旧ツイッター)には、《まだ27時間テレビの余韻すごい ほんと面白かった》といった、番組を楽しんだとする反応が続々だが、併せて《そういえば、27時間テレビは1秒も見なかったな…》といった投稿も相次いでいる。

 SNSやネット掲示板における「〇〇しなかった」系のアピールだが、今回のようなテレビの長時間放送やオリンピックなどの大掛かりなイベントが開催された際には「見なかった」「行かなかった」とする声がその都度上がる。ITジャーナリストの井上トシユキ氏は「ある種のマウント取りだと考えられます」と分析する。

■「自分は大掛かりなイベントに踊らされる情報弱者ではない!」というアピールか

 この手のアピールについて過去のものを見てみると、毎年7月下旬(もしくは8月上旬)の音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL」に対しては、それこそ毎年のように《俺は今年もフジロックに行かなかった》といった投稿があった。また、さらにさかのぼれば2021年に開催された東京オリンピックに対して、《オリンピックはかけらも見なかった パラリンピックも見ない》といった、強い信念の下にテレビ放送を見なかったとする声が上がっていた。

 これら、誰に対してともつかぬ「見なかった」「行かなかった」アピールに対する井上氏の分析はこうだ。

「このようなことを投稿する人たちは、『自分はテレビの大規模な番組や大掛かりなイベントに踊らされる情報弱者ではない!』と明かしつつ、他のネットユーザーに対してマウントを取っているのだと思います。大規模な番組や大掛かりなイベントは多額の広告料や協賛金で運営されていますが、その点が、この手の人たちには『ディープステートから流れてきた資金で運営されている』といった、陰謀論的な解釈をしやすい対象なのです。『自分はそんな怪しいイベントには反対だ!』という意思表示として『見ない・行かないアピール』が行われているのでしょう」

 それらの“事実”を見抜いている自分は、他のネットユーザーよりも上位の存在という思いにひたれるということか。

「一方、この手の『〇〇しなかった系』の投稿は他のユーザーも行いますから、『ネットには同志がいるんだ!』という“発見”も出来ます。これら、『自分のように目覚めた人もいる』と思えることもまたこの手の陰謀論の楽しみ方であり、その結果、『目覚めた人』同士では、先ほど指摘したマウント取りとは一転して共感が広がることになります」(井上氏)

「見ない・行かない」アピールなどせずに、実際にそれをやってみた方が単純に楽しめると思うのだが……世の中には物好きがいるものだ。

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 とかく「27時間テレビ」と日テレ「24時間テレビ」は比べられがちだ。●関連記事【もっと読む】フジ「27時間テレビ」が日テレ「24時間テレビ」より好かれるナゼ…過去には「誰も救わない」の名文句…では、どちらかと言えば27時間テレビの方が好感を抱かれやすい理由を分析している。