「ずっと友達」に縛られなくていい。年齢とともに変化したLiLiCoの友情観「一番の親友は…」

AI要約

LiLiCoさんはスウェーデンに帰国し、親友のカッティスさんとの再会を楽しみにしている。2人は7歳の時に出会い、長い時間を共に過ごしてきた。

カッティスは2人の子どもを育てながら、自分の好きなことに関わり、理想の仕事に就いている。LiLiCoさんはカッティスの母親としての姿勢や、困難な経験に寄り添う姿勢を尊敬している。

2人は最近、2人きりで深い話をし、今後もさらに友情を深めていく予定。LiLiCoさんは帰国の際、カッティスへのお土産を選ぶことを楽しみにしている。

「ずっと友達」に縛られなくていい。年齢とともに変化したLiLiCoの友情観「一番の親友は…」

LiLiCoさん母国であるスウェーデンに帰国する際、LiLiCoさんが楽しみにしていることの一つが、親友のカッティスさんとの対面。出会ったのは7歳の時ですが、「お互いに人生でいろいろな経験をしてきて、今が一番仲がいい」と感じているそう。

18歳で来日し、「誰でもいいから友達がほしいと思っていた」20代を経て、今は、仲のいい友達でも「何でも」は話さなくていいと考えるようになったというLiLiCoさんが、その友情観の変化について語ります。(取材・文=有馬ゆえ)

スウェーデンに帰国する時の楽しみの一つが、親友のカッティスに会うこと。家族ぐるみの付き合いなので大人数でパーティーをするのがお決まりだったのですが、この4月に帰国した際は、大人になって初めて2人きりでディープに語り合い、特別な思い出になりました。

話をしたのは、お互いの今とこれからの人生について。カッティスは20代前半に出産し、2人の子どもはすでに独立しています。2人とも本当に良い子で、私も生まれた時から可愛がり成長を見守ってきました。

友人の私から見ていても、母親としてのカッティスは素晴らしくて、必要以上に口出しをせず、子どもたちを信じている。2人はのびのびと育って、今は憧れの仕事に就いています。カッティス自身も何度か仕事を変えたり、美容の自営業をやったりと、好きなことに関わりながら、その時のライフスタイルにあった職業を選んでいます。

私の母の晩年についても話しました。スウェーデンで一人で暮らしていた母は晩年心を病んでいて、日本にいる私に毎日「死にたい」とメールをしてきましたが、そのメールは私だけでなくカッティスにも送られていたのです。それを改めて謝罪したり、当時の話をしたり……。

楽しい時間はあっという間で、7歳からの時間を埋めるように、またさらに仲が深まりました。この日は家族でも集まっていましたが、「次に帰国したら2人だけでレストランに行こうね」と約束もしました。

1つ年上のカッティスとの出会いは7歳の時。私が団地から一軒家に引っ越したのがきっかけで、10歳の時には転校して同じ学校に通うようになりました。彼女の家の前を通って通学する時には、大きな窓からおじいちゃんの姿が見えたものです。

ただ学生時代は、学年が違うカッティスが大人に見えて、あまり深い話をすることはありませんでした。その後、18歳で来日してからは、文通で近況報告をしたり、私が帰国する際に会ったりする関係に。お互いに人生でいろいろな経験をしてきて、今が一番仲がいいなと感じています。

カッティスは、とても心のきれいな人。彼女は今まで2人のパートナーを病気で亡くすというつらい経験をしています。2回とも私は日本から彼女を励ますことしかできず、近くにいてあげられずに悔しかった。2人も愛する人を亡くす気持ちを想像するだけで、胸が張り裂けそうになります。でも、いつも考えるようにしているんです。「もしも彼らの運命が決まっていたとして、最期は最高に素敵なカッティスと過ごせて幸せだったのかなぁ」と。…そう考えたとしても、涙が出てきてしまうんですけどね。

スウェーデンの中でも、特に私の暮らしていた地域は、同じ家に代々住んでいることが多く、カッティスも、生まれた時から住んでいる家で今もご両親と暮らしています。ご両親は私を娘のように思ってくれていて、家に私の本と、私とトム・クルーズのツーショットを飾ってくれているんですよ。帰国した際は、お子さんも集まり、家族総出で大歓迎してくれます。

帰国の際は、彼女が好きなターコイズのお皿やコップをお土産に買って帰るんです。喜んでもらえたらうれしいし、彼女の顔を思い浮かべて選ぶのも楽しいんですよね。

カッティスが日本に来たときは、最高の観光コースを準備しました。私が日本に来て、今まで出会った仲間たちも力を貸してくれて、数日はお祭り騒ぎでした。