大沢在昌さん ハードボイルドとの出会い

AI要約

中学時代にハードボイルド小説に魅了された体験。

主人公の孤独な戦いや暗い物語世界に心を惹かれた経緯。

ハードボイルド小説が少年の生き方に影響を与え、新たな作家との出会いへとつながる。

 本格物から徐々に興味が離れ、冒険小説を始めとする多様な翻訳小説の世界にのめり込んだ中学時代。その中でハードボイルド小説と巡り合った。

 読者として、実作者として生涯をかけて追い求めることになるジャンルで、初めて手に取った作品は、米の作家、ウィリアム・P・マッギヴァーンの『最悪のとき』だった。

 主人公は、罠(わな)にかけられて刑務所に入っていた元刑事のレトニックだ。5年ぶりに戻った街は、ギャングが強い影響力を持っていた。警察組織も腐敗して、味方にはなってくれない。元刑事を警戒する有力者だけでなく、市井の人々も、刑務所帰りの人物には白い目を向けるのだ。後ろ盾がない中で、レトニックはかつて自らに汚名を着せた人物と、旧知の人物の殺人事件を調べていく。

 巨大な敵を相手に孤独な戦いを挑み、時に暴力に訴えることさえもいとわない元刑事の姿が、ダークな物語の中で強く心に刻まれる。「警察の汚職なんて考えもしない中学生だった。警察すら信用できない世界で主人公がどう戦うのかと、夢中になって読んで、ぼーっとなった。これがハードボイルドなのかと思った」

 なぜこの世界に、そこまでひかれたのだろう。いま振り返って感じるのは、「中2病のまっただ中だった」ということだ。私立の中学に進んでバス通学となった。小学校時代の友人とは徐々に疎遠になり、家の周辺で遊ぶことも少なくなった。孤独な時間の支えになったのは、もっぱら読書だった。「主人公が置かれた孤独な状況が、自分の寂しさと重なり合う部分はあったと思う」

 ハードボイルド小説にのめり込む中で、登場人物の生き方が自らの指針ともなった。「何かを選ばなければいけなくなった時に、ハードボイルドのヒーローなら、どっちを選択するか考える」。そう考えて振る舞ってきたからこそ、「人生全部が、ハードボイルドなんだ」という言葉も、自然と口にできる。

 『悪徳警官』など、マッギヴァーンの他の作品も読むようになり、ハメットなど他の作家の小説も読んだ。その中で少年は、これから追いかけることになる一人の作家と出会った。(川村律文)