リーマンショックの引き金を引いた「懲役14年男」が獄中で詠んだ「ヒドすぎる俳句」の中身

AI要約

16年前、全世界を大不況に陥れた金融危機。無名のサラリーマンが引き金となり、獄中を経てシャバに帰ってきた男の物語。

手記『リーマンの牢獄』で語られる愚行の数々は、バブル育ちの昭和な図々しさを反面教師として示す。

主人公の揺れ動く心情や短歌、獄中の出所者心理についての深い洞察が綴られる。

リーマンショックの引き金を引いた「懲役14年男」が獄中で詠んだ「ヒドすぎる俳句」の中身

 16年前、全世界を大不況に陥れた金融危機。その原因を辿った先にいたのは、無名のサラリーマンだった―。カネを巡って騙し騙され、二転三転していく狂乱の「コンゲーム」の全貌がいま明らかに。

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文・阿部重夫(あべ・しげお)/『リーマンの牢獄』監修者。日本経済新聞記者、英ケンブリッジ大学客員研究員などを経て、現在「ストイカ・オンライン」編集代表

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 バブルの「天国と地獄」を見た男がいる。山一證券破綻で路頭に迷い、米大手投資銀行リーマン・ブラザーズから371億円を詐取。「リーマン・ショック」の引き金を引いた無名の男が、獄中14年を経てシャバに帰ってきた。

 5月16日に発売される齋藤栄功氏の手記『リーマンの牢獄』(講談社刊)で初めて語られる秘話は「日本低迷の30年」の通史と重なり、その愚行の数々は、バブル再来を待望するあなたにとっても反面教師となる。忘れるな、バブル一炊の夢―。

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 この手記の著者・齋藤氏が山一證券に入社したのは1986年。宮藤官九郎脚本のドラマ『不適切にもほどがある! 』(TBS系)で、阿部サダヲ演じる主人公、体育教師の小川市郎がタイムスリップしたのと同じ年である。生粋のバブル育ちで、飛び込み営業で何とかなるような、いかにも昭和な図々しさは、小川と大差ない。多少失礼でも善意なら何とか、と顧客につけ込むのが当たり前だった時代の申し子だ。

 本書の監修者である私とは一面識もなかったが、彼は長野刑務所を仮出所して3ヵ月後に人づてに訪ねてきた。聞けば「獄中で短編小説を書いたので見てくれ」という。

 一目見て、箸にも棒にも掛からない。「この主人公はあなたがモデルだろ? フィクションでなく実録にしたら」と言うのがやっとだった。

 とりあえず思いのたけを書かせてみたが、拘置所や刑務所で詠んだ俳句があきれるほどお粗末で、夜郎自大を絵に描いたような駄句ばかりだ。刑務所の夏―。

 〈オニヤンマ 時を追い越し 飛んでいく〉

 噴き出すしかなかった。プロの俳諧師の才能を求めるわけではないとしても下手すぎる。

 構成も星雲状態だった。悩ましいのは、書くことによる"倒錯"心理である。塀の中で世に忘れられた人間が、やっと脚光を浴びられる―いや、せめて一矢を報いられると思うと、ついつい「自慢」根性が頭をもたげて、ニヤついてしまう。罪滅ぼしと口では言いながら、いつしか自分ばかり貧乏クジを引かされたと思いたがる。

 この出所者心理は手強い。長らく獄中にいた「浦島太郎」だけに、昭和の鈍感力がないまぜになっている。居直りの手記なら堀江貴文『我が闘争』とか、井川意高『熔ける』という先達があるが、巌窟王にもピカレスクにも、ヒーローにもアンチヒーローにもなれるようなタマではない。女遊びもクルマ狂いも、あまりに凡庸すぎる。