教員の持ち帰り業務 解消とは遠い現実 「せめて調整額で…」と諦める教員の真意

AI要約

中教審の特別部会が教員確保策を提言した際、学校現場から批判が相次いだ。残業代を支給しない代わりに教職調整額を増額する方針に賛否が分かれる中、実際の教員の過重な業務負担や持ち帰り仕事の実態が浮き彫りになった。

教員の長時間労働の是正や持ち帰り仕事の減少を求める声が強い中、実際に働く教員たちは日常的に持ち帰り業務を抱え、時には睡眠時間を犠牲にして働いている。改善のためには教員数の増加や業務の見直しが必要である。

実際に私立学校で働く教員が経験した違いを通じて、公立学校と私立学校の働き方の違いや教育方針の違いが明らかになった。教員たちがより質の高い教育を提供するためには、業務の意義や見直し方を考える必要がある。

教員の持ち帰り業務 解消とは遠い現実 「せめて調整額で…」と諦める教員の真意

 中教審の特別部会が5月13日に提言した教員確保策を巡り、学校現場から批判が相次いだ。例えば、公立校教員に残業代を支給しない代わりに一律に上乗せする「教職調整額」を、現行の月給4%相当から10%以上に増額するという方針に対し、「長時間労働の是正が先」というものだ。そんな中、福岡県内の公立小の女性教員(40代)から「賛成」という声が本紙「あなたの特命取材班」に届いた。真意を聞いてみると-。

 この女性教員は幼い子がいるため、夕方頃には学校を出る。子どもと一緒に夕食を食べ、風呂に入り、寝かしつける。午後10時ごろから翌日以降の授業準備を始めるのが日課という。

 在校時間は本来の勤務時間とそう変わらないが、多くの「持ち帰り仕事」がある。学校にいる間は授業に加えて、週4回の会議や子どもの個人情報を取り扱う書類作成に追われるためだ。「必要性が不明な作業が山のようにある。毎年作る文書も、一部を変えるのではなく一から文字を入力しなければならない」

 教員確保策を巡る議論では、残業時間に応じた賃金を支払う仕組みを求める声も根強いが、仮に実現しても持ち帰り仕事は残業に反映されない-。女性はそう考える。長時間労働の是正に対する諦めがあり、せめて教職調整額をアップしてほしいというわけだ。

 持ち帰り仕事の多さは、一部の教員に限った話ではない。文部科学省が2022年度に実施した教員勤務実態調査によると、小中高の教諭の1日当たりの持ち帰り業務は平日が29~37分、土日は36~49分。文科省は20年、指針に「業務の持ち帰りは行わないことが原則」と明記したが、解消とはほど遠い現実がある。

 福岡県内の高校の女性教員(30代)は昨年度、多い時には1日に2~3時間の持ち帰り仕事をした。家事もあり、日々4時間の睡眠で耐え抜いた。

 特に時間がかかったのは、授業に使う資料作成。1人1台のタブレット端末が生徒に普及しており、投影するスライドの準備が欠かせない。学校にいる間に終わらせられれば良かったが、1週間に14~18こまの授業を受け持ち、それ以外の4~5時間は生徒対応や学校運営業務に費やす。昼に一息つく暇もない。育児中で、遅くまで学校に残ることもできなかった。

 女性自身は「自己研さんの一環」という意識もあり、選んだ仕事に就けたという高いモチベーションがあったため、必ずしも苦ではなかったという。ただ、こうした働き方が決して特殊ではない学校の現状を考えると、改善の余地は大きいと考える。「授業のこま数が減れば余裕が生まれる。そのために教員の数をもっと増やしてほしい」

 現実を理想に近づけるためには何が必要か。

 「中学教師1年目の教科書」などの著書がある現職教諭の前川智美さん(35)は、東京都内の公立中から私立横浜創英中高(横浜市)に勤務先を変えて、業務の違いに驚いたという。

 まず会議。公立は紙の資料にこだわる人もいて、記載内容を席上で読み合わせるケースも目立つ。横浜創英では資料を事前にデータで共有し、協議が中心。公立は授業や整列時の態度、校則順守を厳しく指導する。横浜創英は管理的指導を見直して「生徒の自主性を重んじた支援」という立場をとるため、教員も生徒も精神的な余裕が生まれ、ストレスが少ない。生徒間のトラブルには「学びに変える」という視点で関わる。

 結果、前川さんの現在の残業は月10時間余りで、持ち帰り業務もほぼゼロという。睡眠以外のほとんどを仕事に費やした公立中での1年目とは雲泥の差だ。「私立だからできると思われるかもしれないけど、そうではない。むしろ問題なのは、『公立は変えられない』と考える人の多さ」と前川さんは説く。

 教員たちは子どもたちの幸せを目標に仕事をしているはずなのに、自らを追い込むように働いた末、余裕なく子どもと接してしまう。これも、横浜創英に移って、ゆとりが生まれて気付いたことの一つという。

 前川さんは力を込める。「公教育に関わる人たちが一つ一つの業務について、何のためにやるのか考えていけば、おのずと見直し方も見えてくるのでは」

 (編集委員・四宮淳平、本田彩子)