ベルルッティ「BESPOKE/ GRANDE MESURE」を解きほぐす──針に宿る奇跡

AI要約

ベルルッティは、シューズとテーラリングを専門とする職人が来日し、ビスポークオーダー会を開催している。

創業から現在までのベルルッティの歴史やビスポークシューズ、テーラリングの秘密に迫る。

ビスポークオーダーやグランムジュールにおいて、顧客の個性やライフスタイルを重視して、最高の品質と気品を追求している。

ベルルッティ「BESPOKE/ GRANDE MESURE」を解きほぐす──針に宿る奇跡

ベルルッティは年に数回、フランス本国からシューズとテーラリングを専門とする職人が来日し、ビスポークオーダー会を開催している。現代の名工と呼ぶにふさわしい彼らと、ベルルッティならではの"アリュール(気品)”を醸す技工の秘密に迫る。

1895年、家具職人として研鑽を積んだイタリア人のアレッサンドロ・ベルルッティは、ベル・エポックの華やかなりしパリで名を立てようと、フランスへ。そして型や素材に関する知識と類まれな技工を生かし、たった1 枚の革から創り出すシームレスなレースアップシューズ「アレッサンドロ」を発表、メゾン・ベルルッティ誕生の端緒とした。

それから、およそ130年。2005年にはバッグを含めたレザーグッズ、11年にはレディ・トゥ・ウエア(既製服)をラインナップに加え、現在では顧客の全身、フルアイテムをオーダーメイドで誂えることのできる唯一のラグジュアリーブランドとして君臨し続ける。

そんなベルルッティらしさ、ベルルッティの神髄を堪能できるサービスといえば、かのウィンザー公、アンディ・ウォーホルらをも魅了したビスポーク(オーダーメイド)シューズをおいてほかにないだろう。ビスポーク専門の職人長“マスターシューメイカー”としての重責を担う実力者であり、COVID-19が猛威をふるった期間を除いて毎年数回日本を訪れ、顧客たちの採寸、カウンセリングを直接行っているというアントニー氏との対話から、ベルルッティによるビスポークシューズの真髄を紐解いていこう。

「ベルルッティのビスポークにおいて重要なのは、なによりお客様ご自身のパーソナリティです。私はまず、お客様の雰囲気を見ます。そして服装を観察し、どんなライフスタイルなのかを伺います。足のサイズや形、好みのフィット感などのフィジカルな情報と向き合うのは、個性やスタイルを把握してからの作業になるのです」

職人たちの制服となっているレザーエプロンをまとい、その肩紐にはM.O.F.(国家最優秀職人章)の証であるトリコロールのリボンを輝かせる、この道30年のアントニー氏。彼が開口一番に教えてくれたのは、ベルルッティ流ビスポークのやや意外な事実だった。

「もちろん、どんな仕事をしているのか、どれくらいの距離を歩くのかといった情報も大切です。しかしビスポークの顧客たちが求めているのは、この上ない快適さという場合もあれば、唯一無二の美的センスという場合もある。また快適さだけでも、美しさだけでもベルルッティではありません。私はベルルッティのマスターシューメイカーとして、両者の最高のバランスを引き出すことを、常に心がけているのです」

ベルルッティの象徴ともいうべき極上の「ヴェネチアレザー」をパレットに、紳士靴の世界に革命を起こした「パティーヌ」によるカラーとコントラスト、自身のスタイルを反映したオリジナルの「タトゥー」や「スカー」を思いのままに組み合わせる───そんな既製靴にはない無限の創造性を発揮できるのは、ベルルッティのビスポークシューズならでは。しかし、そうした外観にばかり意識がとらわれてしまっている顧客にも、体型や身長とのバランス、服装とのバランス、パーソナリティとのバランスを踏まえた、職人らしい地に足のついた提案を行っているというわけだ。

「最終的に、お客様を最高に輝かせる靴をつくるのが、私たちの仕事です。その前提条件としては、一切のストレスがない完璧なフィット感というものが欠かせません。そして一人ひとりの足の形にぴったり合った靴をつくるためには、既存の木型からの調整では不十分。ゼロから、オリジナルの木型を作らなければならないのです。しかし木型をつくることができる職人は、ほとんど残っていません。私たちが最後の世代とならないために、後進の指導にも力を入れているのです」

ただ採寸するだけにとどまらない、土踏まずのアーチのうねりのような立体感を表現するのが、なにより難しいと語るアントニー氏。だが足に完璧に寄り添っている靴ならば、内部に一切のゆとりは不要。レザーに不格好なシワが寄ってしまうことも、決してないのだという。

「私たちは、お客様の足の形状だけでなく、骨格、肉付きまで含めた立体感、体重のかかる場所などを正確にトレースし、木型づくりに必要なあらゆる情報を採取します。この工程は、職人による手作業でなければなりません。3Dスキャンのようなデジタルなテクノロジーがどんなに進化しても、職人の手以上のセンサーとはなりえない。足の”形”を知ることはできても、その“中身”まで知ることはできないからです。また3Dプリンターなどではなく、ブナの木をこの大型のナイフでひとつひとつ削っていくという作業そのものが、ベルルッティの美意識を体現しているともいえるでしょう」

最初のセッションでカウンセリングと採寸を行い、2回目のセッションでは仮のレザーで作られたトライオンシューズ(サンプル)によるフィッティングを行う。このトライオンシューズは、アッパーの爪先部分やかかとなどをカットして窓を設けることによって、靴の内部でつま先がどの位置にあり、どこに隙間が生じているのかを目視で確認できるようになっている。

「この工程を省いてしまうビスポーク職人もいると思います。しかし、完璧なシューズをつくるためには、絶対に欠かすことのできないものだと私たちは考えています」

ベルルッティの4代目当主でありヴェネチアレザーの開発者でもあるマダム・オルガをして、「まるで大聖堂を造るほどの複雑さ」だと言わしめたベルルッティのビスポークシューズ。木型、型紙、縫製、組み立て、パティーヌなど、さまざまな卓越した職人たちによる250以上もの工程を経て、数ヶ月もの期間を要して創り上げられる一足は、まさに唯一無二の芸術作品そのものだ。ブランド創設からおよそ100年後となる1993年にはLVMHグループに加わったベルルッティだが、マダム・オルガはもちろん、初代アレッサンドロの技術や美意識といったベルルッティのアイデンティティは、いまもアントニー氏ら職人たちに脈々と受け継がれているようだ。

「長年のビスポークで培われたメゾン伝統の技術や美意識は、現代的なスニーカーにも生かされています。またサヴォワフェール(知と技)に対する共感、敬意をもっているお客様が多い日本ですが、特にユニークなオーダーだったのが、関取のための雪駄です。雪駄というのは極めて日本的なものですが、ヴェネチアンレザーを駆使し、ベルルッティらしさやビスポークの技術を融合させるという作業は、大変印象的なやりがいを感じるものでした。

初めてベルルッティのビスポークをオーダーされるお客様には、レースアップシューズなどの定番モデルをおすすめします。なぜなら、ベルルッティのビスポークによるクラシックモデルは、文字通り一生履き続けられるタイムレスなものだからです。それから先は……、お客様のお気に召すまま、ですね(笑)」

■ただのスーツではなく、“アリュール(気品)”を仕立てる

ボティエ(シューメイカー)のアトリエとしてスタートしたベルルッティは、全身のアイテムを揃えることのできるトータルラグジュアリーブランドへと昇華した。そんなメゾンにおいて、創業以来決して変わることのない“根幹”であるビスポークシューズと同様に重要なのが、テーラリングのビスポーク、すなわち「グランムジュール」だ。

この「グランムジュール」とベルルッティ テーラリングの極意を語ってくれたのは、フランスにおけるテーラリングの最高峰であるフランチェスコ・スマルトでアトリエ長を務めた後、独立して自らのアトリエを構えるもベルルッティに請われ、2019年にビスポークチームのマスターテーラーとして参画したというフロリアン氏。まさに、英国でもイタリアでもない、フランス流ビスポークテーラリングの真髄を極める職人だ。

「テーラリングという分野に、M.O.F.制度がないというのも大問題だと思うのですが(笑)。英国やイタリアに比べ、フランスではテーラーを目指す職人がとても少ないのです。1990年代には国内で1000人以上を数えた職人も、いまでは数十人ほど。しかしベルルッティは、組織としてビジネスを運営すると同時に、若い職人を育成することに注力しています。私が自身のアトリエを閉鎖してまでベルルッティに加わったのは、後進育成によってフランスのテーラリング技術を後世に伝えていけるというのが大きな理由。かつてアルニスで働いていた職人たちも、その多くがベルルッティのアトリエでいまも腕を振るっているのです」

ベルルッティに加わる以前から、このメゾンが創り出す靴にタイユール(テーラー)として多大なインスピレーションを受けていたという、フロリアン氏。「グランムジュール」においては、ビスポークシューズと同様に顧客との対話から知り得たパーソナリティやライフスタイルをなによりも重視し、全身20箇所以上の寸法や、骨格、姿勢、歪みなどのあらゆる情報を採取。また、デザイン、生地、ディテール、仕様など、 あらゆるリクエストに対応する準備ができている。だが彼がベルルッティの顧客のために仕立てたいと考えているスーツには、ある明確な“ハウススタイル”が存在する。

「地理的に英国とイタリアの間にあるフランスのテーラリングは、スタイルにおいても“中間”と言えるものかもしれません。英国のようにシャープで構築的でありながら、イタリアのようにソフトで軽やかでもある。私たちが提案するスーツの特徴をあえて挙げるとするならば、ジャケットの腰の位置が高めに設定され、スマートに、背が高く見えるということ。そして、パリ伝統のブロックパターン製法を採用しているということです」

ブロックパターン製法とは、仮にストライプやチェック柄の生地を選んで仕立てる場合、上襟と背中など生地の柄が交錯する箇所において、柄同士がきちんと直角に接するように仕立てる手法のこと。これは非常に手がかかる贅沢な仕立てであることはもちろん、マシンメイドのような工業的な緻密さ、静謐さのようなムードを演出することにより、フルハンドメイドの手工業的温もりを、あえて控えめに表現するという効果もある。これがフロリアン氏のこだわりであり、「グランムジュール」ならではのエレガンスと言えるだろう。

「スタイルはもちろんですが、私たちが最も大切にしているのは、“アリュール(気品)”です。英語のエレガンスとは、少しニュアンスが違うかもしれません。『グランムジュール』が特別なのは、最高級の素材を使用しているからでも、職人たちが精魂込めて仕立てているからでもない。フランスの伝統的テーラリングを継承し、革新し続けるベルルッティ──そんなメゾンが具現化する、お客様だけの“アリュール”を手に入れていただけるからなのです」

■ベルルッティ・インフォメーション・デスク TEL:0120-961-859