「生きて帰ってこい」社長に送り出された大手町にある日本を代表する一流企業"55歳"が受けた大いなる試練

AI要約

55歳の男性が東京海上でのキャリアの中で初めての海外留学を経験し、米コロンビア大学で政治経済を学ぶ過程で、異文化コミュニケーションの重要性を学んだ。

留学中は言語や文化の違いに戸惑いながらも、議論を通じて自己表現力を高め、多様な視点から学ぶことの価値を体験した。

自分と異なる立場や意見に触れることで成長し、新たな学びや友人を得ることができた留学体験について紹介。

■生きて帰ってこい

 今から9年前、55歳のときに私は、永野毅社長(当時)に命じられ米コロンビア大学に留学しました。もともと海外には興味があり、若いころはアメリカの文化に触れる機会もあったのですが、新卒で東京海上に入ってからは国内事業一筋に歩んできました。寮生活から社内結婚をしましたので、この留学が会社人生で初めての一人暮らしでもありました。

 そんな私が単身ニューヨークに乗り込んで、名門大で政治経済を学ぶことになったのです。自分でお湯も沸かしたことがないような人間だったので、妻からは「海外でまともな生活を送れるのか」と心配され、永野社長(毅・現会長)には「生きて帰ってこい」とだけ言われました。今にして思えば、無謀な挑戦です。

 コロンビア大には出身国も人種も年齢も異なる多様な学生が集まっており、日本人はほとんどいませんでした。当然、授業も学生生活も英語ですが、英語ができればコミュニケーションが図れるわけではありません。

■議論をすることでお互いの理解を深める

 日本で生活していると気づきにくいのですが、私たちは日頃お互い“言わずとも察して”わかったつもりになっていることが多々あります。学校でも会社でもこれまで自分が身を置いてきたのは、大多数が日本で生まれ育ち、日本語を話す者が集まった環境でした。私たちは“阿吽の呼吸”で通じることに慣れすぎてしまっているのです。

 ところが、自分がマイノリティの立場になってみると、それが当たり前ではないことに身をもって気づきます。聞かなければ相手の考えはわからないし、言わなければ自分の考えは伝わらない。入学当初、私は教授や学友たちから“質問攻め”に遭いました。

 「僕はこう考えるけど、キミの意見は?」

「こういうケース、日本ではどうなんだい?」

「東京海上では、このような社会課題にどう取り組んでいるのか教えてほしい」

 こうした質問に答えるには、自分や日本や東京海上を客観的に見つめ直し、相対化できなければなりません。

 日々の予習とは別に「今日はこういう質問が飛んできそうだ」と予想し、英語でどう説明するか考え、練習してから講義に臨んでいました。参加者が多様で意見が異なるほど、議論は広がり、深まり、コミュニケーションが豊かになることを知りました。

 結論が出ないこともありますが、自分と異なる立場や意見があることを知るだけでも収穫です。議論の後には互いの理解が深まり、仲間の結束力が高まりました。

 そうやって苦労しながら自分の意見や考えを表明していると「新しいプログラムに参加しないか」「次はこのテーマで勉強会をやろう」と声をかけてもらえるようになり、コミュニケーションの輪が広がっていったのです。