82歳「父の会社を引き継ぎ再建」次のバトン誰に託す

AI要約

Nさん(82)は約30年前、倒産した父親の会社を引き継ぎ、再建させました。しかし、自身が高齢となって相続対策に直面する今、会社を誰にどう引き継ぐかが大きなテーマになっています。

Nさんは、新旧分離方式で会社を再建するプランを考え、新会社に事業用の資産・負債を売却移転し、旧会社は会社清算をする手法を取りました。再建に乗り出すにあたり、取引先や仕入れ先との話し合いを大切にし、新たに立ち上げた新規事業が成功するなどして再建は順調に進んでいきました。

会社再建に成功してから約30年が経過し、82歳となったNさんは後継者を誰にするかという問題に直面しています。家族でなければ、従業員の中から後継者を見つける必要があり、会社の資産整理や個人資産の会社への売却など、引き継ぎに向けた準備を進めています。

82歳「父の会社を引き継ぎ再建」次のバトン誰に託す

 Nさん(82)は約30年前、倒産した父親の会社を引き継ぎ、再建させました。しかし、自身が高齢となって相続対策に直面する今、会社を誰にどう引き継ぐかが大きなテーマになっています。税理士の広田龍介さんの解説です。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇「従業員の生活を守りたい」

 会社は、Nさんの父が高度成長期に興した部品製造会社だ。当初から順調に業績を伸ばし、地方にある工場設備を増設するなど積極経営を進めた。

 しかし、取引先が海外に生産拠点を移したことで売り上げが減り、さらにバブル崩壊が追い打ちをかけた。借入金返済の見込みが立たず、事業継続が難しくなって倒産した。

 会社の土地・建物は競売に付されたものの、景気低迷のなか、入札者はなく不調となった。

 倒産後も、従業員は工場で残務整理のため、仕事を続けていた。当時、Nさんは55歳。東京で卸売業を経営していたが、父親や従業員の窮状を知り「自分がなんとかしてやりたい」と思い切って競売に参加することにした。

 会社は、借入金の返済負担がなければ、事業を維持継続できる見込みがあった。父親の仕事ぶりは周囲からの信頼も厚く、従業員の多くはこのまま仕事を続けたいと考えていた。Nさんは、事業を継続することで、従業員の生活を守りたいという思いがあった。

 落札見込み金額がどうにか工面できる額に収まっていたことも、Nさんの背中を押した。

 ◇新旧分離で会社再建へ

 Nさんは、新旧分離方式で会社を再建するプランを考えた。新たに設立する新会社に事業用の資産・負債を売却移転し、旧会社は会社清算をする手法だ。新会社は過剰債務から解放され、事業再生が期待できる。

 再建に乗り出すにあたり、まず、取引先や仕入れ先と話し合いの場を持った。

 特に、大口債権者である金融機関の了解を得ることが大前提となるため、再建スキームを丁寧に説明した。

 得意先や仕入れ先には、債権債務は新会社がそのまま受け継ぎ、円滑に継続することを確約し、今まで通りの付き合いをお願いした。

 会社の土地・建物はNさん個人が競売で落札した。新会社は事業用の機械設備や営業債権・債務を会社から購入し、Nさんから土地・建物を賃貸する形を取った。

 会社の借入金の保証人となっていた父親は自己破産し、金融機関に丁寧に謝罪した。

 幸いなことに、新会社の再建は順調に進んだ。2000年代に入ると、製造業の国内回帰の流れが生まれ、海外に生産移転していた取引先が国内に戻って顧客となった。新たに立ち上げた新規事業が当たり、うまく需要を掘り起こすこともできた。こうして、売り上げは伸び、借り入れの返済も進んだ。

 父親は会社の再建を見守るなかで、亡くなった。

 ◇従業員から後継者を

 会社再建に乗り出してから約30年たち、82歳となったNさんは今、新たな悩みを抱えている。再建に成功した会社を今後どうするのかという問題だ。

 一番頭が痛いのは、誰に後継者になってもらうかだ。本来なら、長男(40)に期待したいところだが「東京を離れて、地方に行くのは嫌だ」と一蹴された。

 家族でなければ、従業員のなかから後継者を探さなければならない。候補者は2人に絞りこんでいる。

 会社のなかには、Nさんの個人財産と会社資産が混在している。引き継ぎには、それを整理して、権利調整しておく必要がある。

 まず、会社に賃貸していた土地・建物は会社に買い取ってもらうことになるだろう。再建に乗り出した当初、個人で会社に貸し付けた資金の精算も必要だ。

 個人所有の土地・建物を法人に売却する場合は時価が原則だ。準備のため、早速、鑑定評価を依頼した。

 さらに、会社株式を評価して、後継者に移転する検討を進めなければならない。

 幸い、事業承継税制が緩和され、社内の後継者に事業を引き継ぐ場合でも、無税で贈与することが可能になった。おそらく、この制度を利用することになるだろう。

 父親が興し、自分が引き継いで再建させた会社には愛着があり、手放すのは正直、寂しい。だが、会社が事業を継続し、従業員の生活を支えていくのであれば、亡き父もきっと喜んでくれるはずだ。

 「立つ鳥跡を濁さず」。去る者は、跡が見苦しくないよう、引き際はいさぎよく――。事業継承を進めるにあたり、Nさんはこの言葉を胸に刻んでいる。