粗利を制するものは小売経営を制す。人口減少、脱炭素、働き手の不足に対応する指標「GMROI」とは

AI要約

2024年2月期の上場アパレル小売企業の決算でGMROIが悪化したことが指摘されている。

小売業は在庫効率を改善し、粗利を増やすことが重要。

人口減少やCO₂排出量への対応もGMROIの重要性を強調している。

本記事は、在庫分析サービス「FULL KAITEN」を運営するフルカイテン株式会社のCEO瀬川直寛氏の寄稿です。

<目次>

小売経営に必須の「GMROI」とは

人口減少、脱炭素、働き手の不足に対応するにはGMROIは必須指標

小売各社の在庫の持ち方が二極化

業界のトップランナーから学ぶ「高速修正力」

粗利を重視した経営の神髄は「付加価値の付与」

上場アパレル小売企業の2024年2月期(2023年度)決算は増収増益の企業が多く、商品の値上げやインバウンド消費も奏功していることが読み取れます。

しかし、どれだけの在庫でどれだけの粗利を作ったかを表す指標である「GMROI(商品投下資本粗利益率)」に着目すると、2024年2月期は、前年の2023年2月期と比較し16社中10社が悪化しています。

今回は、在庫効率の悪化が小売業にとってどのようなダメージを与えるのか、そして、今後解決していかなければならない課題を読み解きます。

GMROI(商品投下資本粗利益率)とは、いかに効率よく在庫を粗利にかえることができたのかを表す指標です。具体的には、粗利益額を期首と期末の在庫高の平均値で割った値を指します。

GMROI=粗利益額/平均商品在庫高(期首在庫高と期末在庫高の平均)

小売業で注視する指標のひとつに在庫回転率がありますが、これだけを追いかけるとさまざまなミスリードが起きます。

在庫回転率の分子は売上高のため、値引きをして売上を作り期末の在庫を減らせば在庫回転率自体は改善します。しかし、企業の使命は利益を出すことですので、利益に直接関係がない指標という意味であまり有用な指標とは言えないのです。

分子が粗利益額であるGMROIを使うことで効率よく粗利を生み出しているかが分かるため、GMROIは非常に重要な指標だといえます。

基本的な話ですが、小売業は会社のお金を在庫に変えてそこに付加価値をつけ、それを販売することでまたお金に変えるというビジネスモデルです。つまり一度在庫になった商品がお金に変わらない限り、小売経営は成り立ちません。

しかし不必要な値引きを乱発し消化を促進させることは、結果的に会社のキャッシュをすり減らします。前章でお話しした在庫回転率ばかりを追うと、売上は増えても粗利を稼げないため、商売の本分である商品の付加価値開発のための投資余力が失われます。また、値引きの乱発が常態化していくと会社のお金は減少していきます(値引きすると定価より安く売ることになったり、全て売り切れるわけではなかったりすることも理由)ので、時間が経てば経つほど肝心の在庫を抱える資金的余裕すら持てなくなっていきます。

ですので、GMROIを重視して効率よく在庫を粗利に変え、会社のお金を増やす力をつけながら経営する必要があるのです。

次に、日本国内の市場環境も考察します。

日本の人口減少と高齢化は凄まじい勢いで進行しており、つい最近のニュースでも、2025年は出生数がついに70万人を割りそうだという報道がありました。

私はかねてから弊社のセミナーや取材の機会でも、人口減少と高齢化の影響について統計値を用いて何度も訴えてきました。2025年は団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者になる年です。そして2025年以降はおよそ50年にわたり毎年100万人前後の人口が減少していくことと推計されています。

※人口動態は死亡率や合計特殊出生率のような大きく変動しにくい数値で長期の変化を予測するので、さまざまな統計の中でもっとも信頼できるものの1つとされています。

このような市場規模の急激な縮小が明らかな時代を前にして、人口減少を単なるニュースや統計上の話だと軽く見るのではなく、今、生き残りをかけた変革に動かなければ先に変革に動いた企業の一人勝ち時代が来てしまうことを訴えてきました。

当時はSNSなどでその考えを嘲笑する方もいましたが、今の状況を見て明らかなのは出生数などの統計値は嘘をつかないということです。

前述の通り人口減少により国内市場はシュリンクするため、これまでのように大量生産することで原価を抑え、抑えられた原価から粗利を稼ぐビジネスは成り立たなくなるでしょう。

しかし、単純に生産量を減らすと売上の減少と同時に売上の機会損失も増え、資⾦繰りが悪化するという難しさもあります。あわせて、生産量の減少は製造原価が上がることも意味しますので、商売としての難しさは今より上がることも事実だと思います。

ここでの打開策はやはりGMROIを重視することです。生産量を減らしたら製造原価が上がるのですから、しっかり粗利を稼ぐためには付加価値をつけて今より高い金額で販売する以外に手はありません。そのためにすべきことは、商品そのものの付加価値を上げること、接客スキルの向上に投資してそれを付加価値にすること、店舗での体験価値向上に投資してそれを付加価値にすることです。もし滞留した在庫の解決手段が値引き以外ないのであれば、値引率自体を更に適正化する必要もあるでしょう。これは事業運営の付加価値向上に対する投資です。

市場規模がシュリンクする時代に売上第一のスタンスを取ることは、どう考えても論理的に破綻しています。もし売上第一を目指すなら、物量勝負・価格勝負を続けるしかなく、それができるのはごく一部の圧倒的資金力のある企業だけということになります。

市場規模がシュリンクする時代の経営方針は粗利第一主義です。

物量で製造原価を抑えるのではなく、生産量を減らし前述した付加価値に活路を見出して売上規模より粗利規模を追いかけるのです。GMROIはそういう意味で時流にあった経営指標だと言えます。

物量で勝負することの弊害として、CO₂ (二酸化炭素) 排出量の問題も密接にあります。弊社のセミナーに登壇したA.T.カーニー株式会社のシニアパートナー福田稔氏は次のような話をされました。

「繊維アパレル業界全体のCO₂排出量は産業界の中で約8%と言われており、自動車業界と同等の排出量です。衣料品のライフサイクルにおいて発生するCO₂排出の9割以上は、ものづくりの上流工程(原材料調達、紡績、染色、縫製)で発生しているため、まずは生産量を減らすことが第一歩となります」。

とある大手グローバルスポーツアパレルでは、2030年にスコープ1、2、3をそれぞれ大幅削減する目標をIR上で開示したものの、過去のCO₂排水量を見ると、2018年から2022年の間に排出量が増加しました。これは、業績が好調で商品を多数生産したことに比例してCO₂の排出量も増加したという経緯がありますが、目標の実態が伴っていない場合はグリーンウォッシュとして摘発されてしまいます。(出典:「New Retail Way 2024」福田稔氏講演より)

上記のように、大量生産への外圧も高まっていると言えます。

「国内市場がシュリンクするなら海外で」という考えもありますが、海外でビジネスをするなら福田氏が話されたCO₂問題への対応は必須になります。実際にヨーロッパではさまざまな法規制が始まっていますので、日本企業の今の基準でビジネスをすることは困難です。

CO₂問題への対応も付加価値なわけですから、それを製品開発に盛り込む場合は製造原価が上がる要件になりますので、いずれにしても本稿で述べてきた通りGMROIを重視して粗利を付加価値への投資源泉にしなければならないのは自明です。

もうひとつの観点として、GMROIは採用にも影響を与えるというものがあります。

人口減少は働き手の減少とイコールです。特に日本は若年層の人口構成比が12%程度しかなく、生産年齢人口が60%ですので、高齢化によりこの60%が減少するペースに対して若年層の割合が低すぎて働き手がどんどん減っていくのです。出生数が悪化の一途を辿っているので、働き手も加速度的に減少していくでしょう。

その結果起きるのは、企業による働き手の奪い合いです。

その際、給与が低い、業務効率が悪い、設備投資をしない、商品に投資できないという企業に入社したい人はいるでしょうか。粗利を稼げず投資ができないと、働き手からも敬遠されるということです。

以上の話からも、企業の業績を伸ばすための投資源泉となる粗利を稼ぐ必要性を理解いただけたと思います。