ドイツに尽くしたユダヤ人、フリッツ・ハーバー...成功の裏にある「父に見捨てられた」過去

AI要約

『天才の光と影 ノーベル賞受賞者23人の狂気』は、ノーベル賞受賞者23人の中でも特に独特な影を持つ人物の生涯を描いた本である。彼らの狂気は通常の変人の域を超えており、驚異的な能力と個性を持っていた。

本書で取り上げられるフリッツ・ハーバーは、アンモニアの化学合成に成功し、人類への貢献をした一方で、毒ガス兵器の開発にも熱中し、多くの犠牲者を出した。その行動は救済と殺戮という二面性を持っていた。

ハーバーの妻であるクララは、夫の毒ガス開発に反対し、最終的には自ら命を絶った。彼女の悲劇的な最期は、ハーバーの研究への執着とその結果による悲劇を象徴している。

ドイツに尽くしたユダヤ人、フリッツ・ハーバー...成功の裏にある「父に見捨てられた」過去

ノーベル賞を受賞するほどの「光」に輝く偉才たちの中でも、とくに私たちに窺い知れない「影」を抱えた23人。彼らの影はなぜ生まれたのか――。新刊『天才の光と影 ノーベル賞受賞者23人の狂気』を著した著者に、天才たちの狂気を生み出した背景を伺った。(聞き手:岩谷菜都美)

――(岩谷) ノーベル賞受賞者たちの中でも先生がとくに「狂気」を感じる23人の生涯を描いた『天才の光と影 ノーベル賞受賞者23人の狂気』。よく「天才と変人は紙一重」といいますが、高橋先生はどのように思われますか。

【高橋】この本に出てくる天才たちは、単なる「変人」というレベルをはるかに超えています(笑)。私たちの職場や知人を見ても、変人って世の中に一定数いるでしょう。でも、本書に登場する23人の能力や人格は、まったくの規格外といえます。

たとえば、本書の第1章に出てくるフリッツ・ハーバー(1918年ノーベル化学賞)。世界初のアンモニアの化学合成に成功したドイツの化学者で、彼の成果のおかげで人工アンモニア由来の化学肥料が世界にもたらされました。現在、その化学肥料は地球上の50億人の命をまかなっているとも推測され、ハーバーは文字通り「人類の救済者」といえます。

彼は、窒素と水素の混合ガスを高圧下で触媒に通してアンモニアを分離させるという、気の遠くなるような実験を異常なほどの集中力で5年間も続け、ようやく「オスミウム」が最適な触媒であることを発見しました。

――成功するかもわからない実験に、5年間も熱中し続けたのですね。

【高橋】ところがハーバーは同時に、毒ガス兵器を開発して数多くの犠牲者をもたらした「人類の殺戮者」としても知られています。

彼は空気より2.5倍重い塩素ガスを開発し、1915年4月、ベルギーのイーぺルの戦いで自ら指揮を執って、西部戦線の連合軍の塹壕に向けて散布しました。その結果、約5000人が死亡、1万5000人がガス中毒となって失明や呼吸困難の後遺症に苦しみました。

ハーバーは、ポーランドのヴロツワフ大学で女性初の化学博士号を取得したクララ・イマヴァールと結婚します。彼女は人道主義的見地から夫の毒ガス開発に猛反対しますが、ハーバーはとり憑かれたように研究を進めます。

イーペルの戦いで夫が果たした役割を知ったクララは、ハーバーの軍用拳銃で自殺しました。彼女は、自分が犠牲になれば夫を改心させられると信じたのか、あるいは絶望的に最大限の抗議を示したのか、いずれにしてもつらい悲劇です。