ホンダ「DJ-1R」のF-1バージョン!! 地上最速のロマンを持つ誇り高き原付スクーター

AI要約

バイクブームがピークを迎えた1980年頃には、排気量50cc以下の原動機付自転車(=原付)が約200万台も生産・販売されていました。ホットな市場となった原付スクーターは、競争が激化しました。

1985年に若々しい感覚のファッショナブルスクーター、ホンダ「DJ・1」が登場しました。曲線を巧みに使い、性能アップが注目されました。

1986年には「DJ・1R」が登場し、さらなる性能向上が図られました。ホンダは同時期にF-1への参戦を成功させていました。

ホンダ「DJ-1R」のF-1バージョン!! 地上最速のロマンを持つ誇り高き原付スクーター

 バイクブームがピークを迎えた1980年頃には、排気量50cc以下の原動機付自転車(=原付)が約200万台も生産・販売されていました。とくにホットな市場となった原付スクーターは、バイクメーカーが互いのライバル車に対抗したニューモデルを連発して発表し、販売競争が激化します。

 そんな原付スクーターブームの真っ只中、1985年に若々しい感覚のファッショナブルスクーター、ホンダ「DJ・1」が発売されます。

 当時、ユーザーの大半を占めた若者の好みに合わせて曲線を巧みに使い、ボディの外装側と内装側を塗り分けたツートンカラーを採用していました。

 手軽で簡単に乗れるのがスクーターならではの魅力ですが、当時のユーザーの大きな注目ポイントは性能アップで、各社とも「速い」ことを全面に押し出したスクーターをラインナップの頂点に掲げます。

 1986年には「DJ・1」もより速く走るための機能と装備を充実させた「DJ・1R」を追加しました。それまで黒くて丸いだけだった排気管を、まるでレーシングマシンのようなアルミ風サイレンサーをイメージしたチャンバータイプのマフラーに変更し、最高出力を5.3psから5.5psに、さらに6.0psへとモデルチェンジごとに向上させています。

 前輪後方のボディ開口部にはルーバー、サイドには吸気口がついたエアロアンダーカバーやハイグリップパターンの10インチタイヤまで装備します。

 一方、この時期にホンダは第2期と呼ばれる4輪F-1への参戦が行なわれていました。1983年に始まり、1984年にウィリアムズチームへのエンジン提供を開始して第2期の初優勝を記録します。

 1986年に投入されたF-1マシン、「ウィリアムズ・ホンダ FW11」は16戦9勝を記録し、コンストラクターズタイトルを獲得しました。

 コンストラクターズとはレーシングマシンの開発者のことで、この年はホンダのエンジンを搭載するチームが世界一となった記念の年でした。

 当時のF-1は排気量1500ccのターボエンジンで最高出力は1000psを発揮し、そのターボ時代のF-1を席巻したエンジンがホンダでした。

 そのF-1のイメージを原付スクーターに投影したのが、1987年に発売された「DJ・1R F-1ウイニングスペシャル」です。車体は「ウィリアムズ・ホンダ FW11」をイメージさせるカラーリングに加え、チームのスポンサーデカールが施されていました。