AIによる生産性の向上は思ったよりずっと「控えめ」… MIT教授が試算、過熱するブームと過剰な期待に警鐘

AI要約

AIが仕事の生産性を向上させるという期待が高まる中、MITの経済学教授はAIの影響を控えめなものと指摘し、未来の不確実性を示唆している。

研究によると、AIが特定のタスクを自動化し、労働者の生産性を向上させることで、TFPは年に0.06%程度しか上昇しない可能性がある。

AIの広まりには時間がかかるとされ、現状ではAIは特定のタスクを代替できない部分も多い。

AIによる生産性の向上は思ったよりずっと「控えめ」… MIT教授が試算、過熱するブームと過剰な期待に警鐘

急速な進化を遂げるAIは、仕事の生産性を飛躍的に向上させ、大きな経済効果を生むという期待が世界中で高まっている。だがMITの経済学教授ダロン・アセモグルは、AIがもたらす変化は「控えめなもの」だと指摘し、無批判の歓迎姿勢に疑問を投げかける。

欧米で論争を呼んでいるアセモグルの研究を、本人が解説する。

大手IT起業家や専門家、研究者によれば、人工知能(AI)は仕事の生産性を前例のないほどに高め、世界を一変させるという。

地に足のついた予測をする人もいるが、AIを搭載したマシンがあらゆる仕事を肩代わりし、人類が無限の繁栄を謳歌する時代が到来すると見る向きもある。たとえばゴールドマン・サックスの推計によれば、生成AIは今後10年で全世界の国内総生産(GDP)を7%押し上げるという。

こうした予測は、現実に即しているのだろうか? 筆者が最近発表した論文でも触れた通り、AIの未来は予測よりはるかに不確実だ。既存の技術が確実に影響を受けるであろう10年先ならば少しは見通せるだろうが、20~30年先のAIがどうなっているかを断定するのは不可能だろう。

AIがもたらす最大のインパクトは、一部のタスクを自動化し、特定の職種の労働者の生産性を向上させることによって生じると考えられる。では、AIによって生産性はどのていど高まるのだろう? 

経済学者チャールズ・フルテンによれば、全要素生産性(TFP、生産の効率化や技術の進歩など、GDP成長を生み出す質的な要因を指す)が、業務全体に及ぼす効果は「タスクの自動化率」と「平均的コスト削減効果」の積で表せる。

ある作業の平均的コスト削減効果を試算するのは難しく、その内容によっても手法は異なる。だが、AIによる特定のタスクの省力化については、すでに注意深い研究がおこなわれている。

たとえばマサチューセッツ工科大学(MIT)の経済学者シャイクド・ノイとホイットニー・ジャンは「生成AIの生産性効果の実験的証拠」という論文において、単純なライティング作業(要約や助成金の申請、マーケティング用の資料といった定型文書の作成など)におけるChatGPTの影響を調査した。

スタンフォード大学人間中心AI研究所の上席研究員エリック・ブリニョルフソンらも、カスタマーサービスにおけるAI活用の効果を測定している。こうした研究の結果をまとめると、いま利用可能な生成AIツールは、人件費を平均27%、さらにコスト全般を14.4%削減すると考えられる。

では、AIとその関連技術を活用できるタスクの割合はどれぐらいになるのだろう? 最近の研究データを用いて試算すると、約4.6%だった。つまりAIを活用してもTFPは10年で0.66%、年に0.06%しか上昇しない。GDP成長率は、AI関連企業への投資ブームを考慮すればもう少し高くなるかもしれないが、おそらく今後10年で1~1.5%ほどだろう。

これはゴールドマン・サックスが発表した数字と比べると、はるかに小さい。同社の試算のような大きな変化を現実のものにするには、ミクロレベルの生産効率がもっと高まるか、もしくはより多くのタスクにAIを活用できるという前提が必須になる。

だが、どちらのシナリオにもあまり現実味はない。27%をはるかに上回るコスト削減は、AI技術だけでなく、それ以外のより将来性に富む技術についての研究結果とも一致しない。たとえば、産業用ロボットは一部の製造部門の業務プロセスを一変させたが、それでもそのコスト削減効果は30%ほどだ。

同様に、4.6%をはるかに超える仕事をAIが肩代わりすることもないだろう。現時点でAIは、多くの手作業やソーシャルタスク(会計業務など一見、単純だがあるていど対面での折衝を必要とする仕事が含まれる)を代替できていない。

AIが広く普及するまでの道のりも長い。米国企業を対象に実施された2019年の調査によると、AI活用に投資した企業は全体のわずか1.5%ほどだった。この1年半で投資する企業が増えていたとしても、まだ時間はかかる。