トルコにある古代ギリシャの都市で金貨見つかる 傭兵の老後の蓄えか

AI要約

トルコ西部の古代ギリシャ都市ノティオンで、紀元前5世紀の邸宅の床下から金貨が見つかり、傭兵との関連が指摘されている。

金貨はペルシャ帝国時代のもので、所持者が不運に見舞われて床下に埋められた可能性が高いとされている。

金貨の具体的な使途は不明だが、傭兵への報酬と推測されており、当時の価値に換算すると1枚が1カ月分の賃金に相当する。

トルコにある古代ギリシャの都市で金貨見つかる 傭兵の老後の蓄えか

(CNN) トルコ西部に位置する古代ギリシャ時代の都市の発掘中に、高価な金貨の入った容器を含む考古学上の遺物が複数見つかった。いずれも紀元前5世紀のものとみられる。

金貨が発見されたのは古代ギリシャの都市ノティオンにある紀元前5世紀の邸宅の床下。意図的に埋められた公算が大きく、米ミシガン大学の報道向け発表によると、当時活躍した傭兵(ようへい)と関連する可能性のある遺物だという。

ミシガン大学で古代地中海美術と考古学を専攻するクリストファー・ラッテ教授は、大量の金貨を埋める以上、後で掘り出す意図があったはずだと指摘。床下に残された理由は、持ち主に重大な不運が起きたということでしか説明できないと述べた。同教授はノティオン考古学プロジェクトの責任者を務める。

ノティオンは劇場や寺院、住宅、市場など、古代ギリシャの都市に典型的な特徴を備えている。10年前にラッテ氏らの研究者チームが調査を開始するまで、数千年間ほぼ手つかずの状態だった。

2022年に発掘を始めたところ、大きな中庭を持つヘレニズム時代の邸宅の土台から、より古い紀元前5世紀の住宅の跡を発見。今回の金貨は、この住宅の床下から見つかった。

金貨は紀元前6世紀から同330年前後まで続いたペルシャ帝国の治世に鋳造された。硬貨の表にペルシャ帝国の王、ダレイオス1世がひざまずく射手の姿で描かれていることから「ダリク」の名称でも知られる。

紀元前6世紀から同4世紀にかけて鋳造された古代の硬貨の多くと同様、表面に年代が記されていないため、鋳造された年代を割り出すのは難しいと米貨幣学会の主任学芸員ピーター・バンオールフェン氏は指摘する。同氏は発掘に参加していない。

見つかった金貨の枚数は公表されていない。その具体的な使途は不明だが、傭兵への報酬だったと推測する声もあるとバンオールフェン氏は述べた。

ミシガン大学によれば、金貨1枚は当時の傭兵1人が受け取る1カ月分の賃金に相当するという。

これに対し銀貨は、商店での買い物など日常的な支払いにより一般的に使われていた。銀貨20枚で金貨1枚の価値に相当する。

当該の金貨の持ち主がこれを掘り出さなかった理由について、ラッテ氏はノティオンが古代ギリシャ文明とペルシャ帝国との間の紛争地だったことを示唆している可能性があると分析。複数のシナリオが考えられるとしつつ、例えば紀元前427年にはアテネの将軍がペルシャ側についていた傭兵の集団を攻撃、虐殺したと説明した。

紀元前5世紀の終わりにも、スパルタの海軍がアテネの海軍を戦闘で破り、後者はノティオンから逃れなくてはならなかったという。

一方で、一部の富裕な市民が、いつか王侯のように暮らす日を夢見て金貨を蓄えていた可能性もあると、バンオールフェン氏は付け加えた。