「千と千尋」はなぜ英国人を魅了するのか 未来切り開くジブリの女性たち、ロンドン公演が大盛況

AI要約

オックスフォード英語辞典の改訂版に日本語由来の新たな言葉が20個以上追加され、注目を集めている。

アニメ映画「千と千尋の神隠し」の影響で、英語辞典に「onigiri(おにぎり)」など日本の食文化関連の言葉も登場している。

ロンドンで上演中の「千と千尋の神隠し」舞台化は大人気で、日本アニメ研究の第一人者が日本と英国のファンタジーの共通点などについて語っている。

「千と千尋」はなぜ英国人を魅了するのか 未来切り開くジブリの女性たち、ロンドン公演が大盛況

 英語界の権威とされる「オックスフォード英語辞典」(英オックスフォード大学出版局)の今年3月の改訂版に、日本語由来の新たな言葉が20個以上も仲間入りした。

 漫画・アニメ人気を背景に、mangaka(漫画家)、tokusatsu(特撮)、isekai(異世界)などが加わったほか、karaage(唐揚げ)、donburi(丼)、tonkotsu(豚骨)など食文化に関する言葉も多く追加された。

 その一つがonigiri(おにぎり)だ。この言葉がポピュラーになった背景として、スタジオジブリ製作の宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」(日本公開2001年、英語名・Spirited Away)の影響を指摘する声もある。英紙デーリー・メールは、「主人公の千尋が元気を取り戻すため、おにぎりを食べる」シーンで有名になったと伝えた。

 「千と千尋の神隠し」は、小学生の少女・千尋が引っ越し先に向かう途中、まさに「異世界」に迷い込んでしまう物語だ。千尋は八百万(やおよろず)の神様がやって来る銭湯で働きながら、豚に変えられた両親を人間に戻そうと奮闘する。

 作品は舞台化され、現在はロンドンの老舗劇場「ロンドン・コロシアム」(約2300席)で連日の公演が続いている。

 4月30日のプレビュー公演後、5月から本格的に始まり、しばらくは千尋(千)を橋本環奈さんが演じた。私が見に行った6月中旬の千尋は上白石萌音さんで、時間を忘れて引き込まれる熱演だった。

 公演は大人気で、連日ほぼ満席だ。オンラインで残席がある日を確認し、ギリギリ取れたチケットは182・75ポンド。円安が進行する中、4万円近い高額になる計算だが、在英邦人の中には2回、3回と足を運ぶ人もいる。それくらい面白い公演だ。

 セリフは日本語だが、舞台の両側の電光掲示板に英語の字幕が出るので、地元の英国人も安心して見ることができる。カオナシの登場や、湯婆婆(ゆばあば)の巨大化場面では観客席から歓声が上がった。千尋とおしらさまがエレベーターに無言で乗るシーンでは、大きな笑い声が起きた。

 湯婆婆役の夏木マリさんの圧倒的な声量と迫力には度肝を抜かれた。だが圧巻は、やはり主役の上白石さんだ。実際に千尋がこの世に存在したら、それはきっと上白石さんだろう。そう思えるほど、千尋そのままだった。近くの席にいた英国人の観客たちも「あの女優は素晴らしい」「絶対にまた見に来る」などと話していた。

 英国などのキリスト教世界では、神は唯一無二の存在だ。日本のように八百万の神がいて、気軽に銭湯に遊びに来るという世界観は、西洋とはだいぶ異なる気がする。では、なぜ「千と千尋」は英国で人気なのか。

 「さまざまな理由がありますが、英国には古代ケルトの妖精やアーサー王伝説、ドラゴン、騎士、幽霊などの豊かなファンタジーの伝統があります。『千と千尋』の神様たちや、『となりのトトロ』のキャラクターを見る時、たとえ日本の神道やアニミズムを知らなくても、英国人は同じ感覚を共有できていると感じるのです。それが人気の理由の一つです」

 そう語るのは、英国における日本アニメ研究の第一人者で、ジブリについての著書もある英ブリストル大のレイナ・デニソン教授(48)=映画・デジタルアーツ学=だ。共通する概念もあり、人が突然いなくなる「神隠し」という考え方も、英国の民間伝承にあるという。

 そもそもジブリ作品には、英国発祥の物語も多い。たとえば「ハウルの動く城」は、英国の作家、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの「魔法使いハウルと火の悪魔」が原作だ。「借りぐらしのアリエッティ」も、英国の作家、メアリー・ノートンの「床下の小人たち」を基にしている。

 アニメで描かれる緑豊かな自然、特になだらかな丘陵地帯の描写は、英国人にとってまさに英国の田園風景そのものだという。「『天空の城ラピュタ』のモデルとなったのは、(英西部)ウェールズの渓谷や鉱山だったこともファンにはよく知られています」とデニソン氏は語る。

 デニソン氏がジブリに心奪われたのは、日本滞在中の1997年に「もののけ姫」を見た時だ。映画館の外にまでファンが行列を作っている光景を見て、その熱狂ぶりに衝撃を受けたという。以後、ジブリの研究に夢中になっていった。

 共感を呼ぶのは、明るく未来を切り開く主人公の女性たちだという。千尋もそうだが、たとえば「魔女の宅急便」のキキは新しく住んだ町で一人前になろうと懸命に努力する。「ハウルの動く城」のソフィーも、魔女の呪いで老婆に姿を変えられながら、自ら恋した魔法使いを守り、生き抜いていく。

 「ジブリのヒロインは勇敢で、周りで起きる出来事にも動じません」とデニソン氏は話す。米国のディズニー映画や欧州のおとぎ話は、勇敢な男性によって、女性が「守られる」存在であることが多い。だがジブリの女性たちは違う。「自らが住むコミュニティーを守るために戦ったり、大きな冒険に出たりします。そこでは女性が男性と完全に対等なのです」

 「千と千尋」のロンドン公演は8月下旬まで続く。次の休みには、少し高いけど劇場にもう一度見に行こうか。それとも動画配信サービス「ネットフリックス」で久しぶりに「トトロ」でも見ようか。今やロンドンの街角で販売され、すっかり英語にもなった「onigiri」を食べながら、今日もそんなことを考えている。【ロンドン支局長・篠田航一】