「台湾有事=日本有事」は荒唐無稽

AI要約

台湾で新総統が誕生し、国際社会では「台湾有事」が取り沙汰されているが、エキスパートは現実的な危機を指摘している。

自衛隊の具体的な構想と中国の戦略のずれ、そして日本の自衛に対する実態を考察し、リスクと課題を指摘している。

台湾に対する中国の武力行使のレッドラインや新政権による不安要素を分析し、今後の動向に注目が集まっている。

「台湾有事=日本有事」は荒唐無稽

 ジャーナリストの亀井洋志氏は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。

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 台湾で5月20日、新総統に与党・民進党の頼清徳氏が就任した。国際社会では「台湾有事」が切迫しているかのように言いはやされているが、中台情勢のエキスパートである川中敬一・元日本大学教授は荒唐無稽(こうとうむけい)だと言う。川中氏が懸念する真の危機とは。

 ◇実態とかけ離れた自衛隊の構想

 台湾海峡の緊張を巡っては、2021年に米インド太平洋軍のデービッドソン司令官(当時)が「今後6年以内に中国が台湾侵攻に踏み切る恐れがある」と語った。日本でも自民党の麻生太郎副総裁が今年1月、米ワシントンで記者団の取材に対し、「(台湾有事は)日本の存立危機だと日本政府が判断する可能性が極めて大きい」と発言し、集団的自衛権発動の可能性にまで言及している。

 だが、こうした見方は正しいのだろうか。川中氏は「昨今、流布されている台湾有事が日本有事であるかのような言説は荒唐無稽というほかない」と言い、「噴飯もの」と否定する。

 旧総理府や防衛大学校で勤務してきた川中氏は、中国の軍事戦略や実務の経験に基づく中台関係の専門家として、中国人民解放軍や台湾軍幹部と太いパイプを築いてきた。これまで一般メディアでの発言は控えてきたが、脅威ばかりがあおられ、現実的な議論が乏しい風潮を憂え、今回、重い口を開いた。

 「確かに台湾有事が現実のものとなれば、日本が武力攻撃の対象になる可能性はあります。ただ、それは米国が台湾防衛を口実に中国を攻撃し、日本が米国に言われるままに軍事行動に関与するケースに限られます」

 現在、陸上自衛隊は鹿児島・奄美大島、沖縄・宮古島、石垣島などにミサイル部隊の配備を進め、南西諸島が侵攻される事態を想定し、島しょ奪回のための水陸機動団を17年から編成している。

 だが、自衛隊が想定する中国による侵攻は、多くの点で中国が構想する軍事戦略や戦術とかけ離れているという。

 川中氏は「たとえば、日本では、日中武力衝突の序幕では海上民兵がひそかに島に上陸してくるといわれています。しかし、少なくとも中国の戦略ではそういったことは考えられていません。民兵上陸から緩慢に事態が進展するという、自衛隊にとり都合のいいシナリオが伝えられているのです」と言う。

 一方、台湾有事に際して、南シナ海や台湾周辺海域での中国による日本や米国の経済活動に対する破壊活動には全く関心が払われていないという。

「なぜなら、自衛隊の予算・定員・権限拡大という組織的な自己増殖を目的とした思惑を優先しているからです。こうした恣意(しい)的なシナリオは日本の防衛にとり有害であると言わざるをえません」

 ◇「今後数十年間、自衛隊は人民解放軍に太刀打ちできない」

 川中氏は「自衛隊関係者や一部メディアは現実を直視しようとしない」と語るが、その現実とは何か。

 中国が考えている戦略によれば、緒戦では、人民解放軍の最新鋭部隊である海軍陸戦隊の偵察部隊が島に潜入する。指揮・通信・補給施設や配備部隊などの攻撃目標に対して「ここを撃て」と誘導し、中距離弾道ミサイルが自衛隊施設や部隊に降り注ぐことになるのだという。陸自の戦闘機能がまひした後、上陸するのが旅団・師団規模の海軍陸戦隊だ。

 川中氏は「南西諸島付近の制海権などを失い、島しょ上の陸自が全滅するという可能性は過去のシミュレーションでも指摘されており、真剣に検討されるべきです。その結果によれば、今後数十年間、自衛隊単独では中国人民解放軍に太刀打ちできないことも予測されています」と懸念する。

 また中国との軍事的緊張が極限まで高まった場合、米国は台湾防衛、日本防衛のためにどこまで関与するのか、その本気度は不透明だという。米中全面戦争に発展し、究極的には核戦争を招くような選択を米国はするだろうか。

 川中氏は「米国にはしごを外された時」こそ日本にとって最大の危機だという。米国が途中で手を引き、日本だけが中国と敵対する構図になるからだ。つまり、米国と一体化することを前提とした「台湾有事=日本有事」という考え方は、日本に戦争リスクへの覚悟が強いられることになる。

 ◇中国による台湾侵攻の「レッドライン」

 ところで中国による台湾に対する武力行使のレッドラインとはどのような事態なのか。

 台湾の政治体制は、民進党も、国民党も「中華民国」の政治勢力だ。「台湾独立」はこの状態を解消して、新たな国家である「台湾国」なり「台湾共和国」なりを建国することを意味する。

 では中国はどのような事態になると武力行使を決断するのか。中国が05年に制定した反国家分裂法第8条はレッドラインとも呼ぶべき次の三つの条件を明記している。

 ①「台湾分裂」を掲げる勢力が、台湾を中国から切り離す事態を引き起こした場合

 ②中国からの台湾分離をもたらしかねない重大な事変が発生した場合

 ③平和統一の可能性が完全に失われた場合

 これらの条件に抵触した場合には、中国は武力行使を含む「非平和的方式」などにより「必要な措置を講じて、国家の主権と領土保全を守ることができる」と定める。

 川中氏によると、レッドラインを見極めるポイントがあるという。

 「一つは台湾住民の大多数が独立を支持した場合です。ただし現在、住民の約6割は独立でも統一でもない現状維持を望んでいます。もう一つは台湾軍が独立運動への積極的な加担を表明した時です」

 だが川中氏によれば、台湾軍の実権を握っているのは外省人(中国での共産党との内戦に敗れた国民党とともに台湾に渡ってきた人々で、多くは統一派と見られている)で、軍が独立運動に直接加担することは考えにくいという。

 「こうした条件が満たされずに、中国が台湾を武力侵攻することは予想しがたい。仮に習近平国家主席(中央軍事委員会主席も兼ねる)が理性を失ったとしても、人民解放軍の行動原理は『革命の確実な成就』にある。独特な言い方に聞こえると思いますが、要するに国益を最優先するということです。ですから、命令であってもむやみに従うことはないでしょう」

 ◇台湾新体制に見る不安要素

 一方、台湾の新政権には不安要素もあるという。

 今回総統に就任した頼氏はかつて民進党の中でも独立志向の強い派閥「新潮流」に所属していたことから、中国は警戒している。現在、頼氏は現状維持路線を継承する意向を示しているが、今後も独立色を封印し続けるかどうかは見通せない。

 副総統の蕭美琴氏についても懸念はある。

 「彼女は前駐米代表で、NED(全米民主主義基金)と関係が深くイベントなどに参加しています。NEDはレーガン政権時の1983年にネオコンがつくった非政府組織ですが、香港の民主化運動(雨傘革命)支援などを画策したり、支援したりしています」

 頼・蕭体制の今後の動向にも要注目だ。

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 川中敬一(かわなか・けいいち) 元日本大学教授

 1982年、総理府(当時)および防衛大学校勤務。日本大学危機管理学部教授などを歴任。学術博士。現在は日本大学危機管理学部非常勤講師。共著書に『中国の海洋進出』(成山堂書店)、『「戦略」の強化書』(芙蓉書房出版)など