「ジーニョに興味はないか?」サンパイオ獲得驚きの条件とは 【横浜フリューゲルス消滅の”真実” 第4回】

AI要約

フリューゲルスの潰滅に関わるブラジル人トリオ獲得の裏側が描かれた記事。サンパイオ、エバイール、ジーニョという著名な選手を巡る交渉が描かれている。

ブルノロの提案として、フリューゲルスにサンパイオ、エバイール、ジーニョの3人を、パルメイラスにバウベルをレンタルするというパッケージ取引が検討されていた。

田崎健太はノンフィクション作家として活動し、サッカー界における裏側や異色のキャリアに関する著書を多数執筆している。

「ジーニョに興味はないか?」サンパイオ獲得驚きの条件とは 【横浜フリューゲルス消滅の”真実” 第4回】

日本サッカー界の「汚点」――

日本で最初に本物のクラブチームとなる可能性があった「フリューゲルス」を潰したのは誰だったのかに迫った『横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか』より、「ブラジル人トリオ獲得の『裏側』1993-1994」を一部抜粋して公開する。(文:田崎健太)

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 守備的ミッドフィールダーであるサンパイオはパルメイラスの背骨である。94年のワールドカップ・アメリカ大会のメンバーには入らなかったが、同等の力があった。サンパイオを出す可能性はあるかと訊ねると、ブルノロは「(金銭的)条件が合えば問題ない」と即答した。そして彼は軽い調子でこう聞いた。ところで、フリューゲルスにはどんな選手が所属しているのだ、と。

「エドゥー・マランゴンは移籍が決まっている。来季も契約が残っているのは、コリンチャンスにいたバウベルだ」

 坂本の答えにブルノロの顔つきが変わった。モジミリンにいたバウベルかと前のめりで尋ねた。坂本はそうだと頷くと、「そうか、バウベルか」と呟いた。

「フリューゲルスが探しているのはボランチだけか」

「いや、フォワードも探している」

「誰が候補なんだ」

 坂本はコリンチャンスのビオラと交渉するつもりだと答えた。ビオラは94年ワールドカップでロマーリオ、ベベットの控えフォワードだった。ブルノロは、あいつは我が儘だから国外でプレーするのは無理だろうと首を振った。

「誰かいい選手いますか」

 坂本が応じると、ブルノロは少し考えて「君にいい提案をしよう」と悪戯っぽい顔になった。

「ビオラではなく、エバイールはどうだ」

 以前、坂本はエバイールのインタビュー記事を目にしていた。エバイールはイタリアの生活に馴染めなかった、二度と国外のクラブに行かないと語っていた。その話をすると、ブルノロは「エバイールはキリスト教の熱心な信者になってから人間が変わった。自分が日本に行くように説得する」と言った。

 このときエバイールは29 歳となっていた。最後の売り時だとブルノロは考えていたのかもしれない。坂本は全日空スポーツに問い合わせてみなければならないと返した。

「いい提案とは、サンパイオとエバイールをセットにするということですね」

 坂本の言葉に、ブルノロは、いやと悪戯っぽく笑った。

「ジーニョに興味はないか?」

「ジーニョ? 冗談はやめてください」

 思わず大きな声を出した。

 ジーニョ──クリザン・セザール・ジ・オリベイラ・フィーリョは67年にリオ・デ・ジャネイロ州のノーバ・イグアスで生まれた。86年にフラメンゴの下部組織からトップチームに昇格している。このときのフラメンゴには70年代後半から80年代に掛けて"ROLOCOMPRESSOR"(ロードローラー)と呼ばれていた時代の選手たちが残っていた。強すぎて相手をすべて踏み潰してしまうという意味だ。ジーコ、アンドラージ、レアンドロたちである。ここにジーニョ、後にブラジル代表に入るジョルジーニョ、ベベットといった若き才能が加わり、この年のリオ州選手権で優勝した。92年にジーニョはパルメイラスに移籍、94年のワールドカップ・アメリカ大会にも9番をつけて出場していた。パス、ドリブルといった確かな基本技術に加えて、周りの選手を生かす術もあった。パルメイラスの中心選手である。

 ただし、ブルノロは条件があると付け加えた。

 坂本はこう振り返る。

「エバイール、ジーニョ、サンパイオの三人をフリューゲルスへ、バウベルをレンタル契約でパルメイラスに出す。これを一つのパッケージにするというんです」

(文:田崎健太)

田崎健太

1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。

主な著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2018』(集英社)。『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)、『ドライチ』(カンゼン)、『真説佐山サトル』(集英社インターナショナル)、『ドラガイ』(カンゼン)、『全身芸人』(太田出版)、『ドラヨン』(カンゼン)、『スポーツアイデンティティ』(太田出版)。