「明るくやろうかな」セレッソ大阪、西尾隆矢をどん底から救ったものとは?「本当に情けない」アジア杯からパリ五輪へ【コラム】

AI要約

U-23代表での不完全燃焼から得た教訓を胸に、西尾隆矢は感謝と決意を口にする。

アジアカップでの退場を振り返り、リバウンドメンタリティーでプレーに集中し続ける姿勢を示す。

川崎戦後、パリ五輪へ向けて心構えを整え、ファンからの熱いエールに支えられる西尾の決意がうかがえる。

「明るくやろうかな」セレッソ大阪、西尾隆矢をどん底から救ったものとは?「本当に情けない」アジア杯からパリ五輪へ【コラム】

 明治安田J1リーグの第23節、川崎フロンターレ対セレッソ大阪の試合がUvanceとどろきスタジアム by Fujitsuで行われ、1-1の痛み分けとなった。この一戦を最後にパリへ飛び立つ西尾隆矢は、アジアカップでの苦い経験をもとに「みんな」への感謝の気持ちと、オリンピックへの意気込みを語った。(取材・文:藤江直人)

⚫︎対戦相手からの激励「退場しないようにね」

 何かに導かれたかのような、まさに絶妙といっていいタイミングだった。

「退場しないようにね」

 背後から不意にかけられた言葉に、パリ五輪代表に選出されているセレッソ大阪のセンターバック、西尾隆矢は振り向きながら苦笑いを浮かべた。敵地・Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsuに乗り込んだ、14日のJ1リーグ第23節後のひとコマ。声の主は川崎フロンターレのキャプテン、MF脇坂泰斗だった。

 2人の接点は2022年1月にさかのぼる。千葉市内で実施された日本代表候補合宿。最終的には「候補」の二文字が外れず、中国代表、サウジアラビア代表と対戦するFIFAワールドカップ22・アジア最終予選に臨むメンバーにはお互いに残れなかった。それでも、6日間にわたってアピールを繰り返した縁がある。

 年齢が6つ上の旧知の脇坂から声をかけられるまで、西尾はこんな言葉を残していた。

⚫︎「すごく感謝」アジア杯でまさかの退場…

「アジアカップでは不完全燃焼で終わっている分、リベンジの場となるチャンスをいただけて、みんなにすごく感謝しなきゃいけないですし、その意味でもセレッソ大阪を代表して…」

 ここで脇坂が背後を通過する。西尾は「ありがとうございます」と言葉を返し、コメントを再開させた。

「…活躍した姿を、しっかり見せないといけないと思っています」

カタールで開催されたAFC・U-23アジアカップを、不完全燃焼で終えた理由は西尾自身にあった。4月16日のU-23中国代表とのグループリーグ初戦。開始わずか17分で一発退場を命じられた。

 ボールとまったく関係のない位置で、相手選手に背後から詰め寄られた西尾が振り向きざまに反応。その際に西尾の左ひじが、相手の顔面付近に入ってしまった。試合はそのまま流されたものの、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入もあって、判定を変えた主審からレッドカードが提示された。

 アジアサッカー連盟(AFC)からは、3試合の出場停止処分が科された。10人で戦った中国戦で辛勝した日本は、副キャプテンの西尾を欠いた陣容で勝ち進み、準決勝でU-23イラク代表を破った瞬間にパリ五輪への切符を獲得。決勝ではU-23ウズベキスタン代表を破り、4大会ぶりの優勝も飾っている。

 しかし、出場停止から明けた西尾は準決勝の後半アディショナルタイムにピッチに立っただけで、決勝では最後まで出番が訪れなかった。チームの力にまったくなれないまま終えた大会を西尾はこう振り返る。

⚫︎「自分はサッカーしかない」「サッカーでしか表現できない」

「中国戦の当日は自分自身もショックを受けていたし、みんなに申し訳ない気持ちもすごくありました」

 相手選手の挑発にまんまと乗った、自分自身のうかつさにも腹が立った。西尾は「本当に情けない、という気持ちでいっぱいだった」と川崎戦後に語りながら、直後に心境の変化が生じたとこう続ける。

「次の日からは自分のなかで切り替えていたというか、大会期間中も特にマイナスになるところはなかった。もちろん忘れたわけではないし、自分がやってしまった行為をしっかりと受け止めていました。そのうえでそれを引きずっているようでは、選手としてはやはりダメだと思ったので。自分はサッカーしかない人間ですし、サッカーでしか表現できない人間でもあるので、プレーが悪くなるようでは絶対にダメだ、と」

 U-23代表は5月4日深夜にカタールから帰国し、西尾はリザーブだった同11日のヴィッセル神戸戦をへて、同15日のFC町田ゼルビア戦から先発に復帰した。川崎戦まで10試合連続でセンターバックの一角を務め、町田戦こそ敗れたものの、その後のセレッソは4勝5分けと9戦連続無敗が続いている。

なかなか勝てない一方で負けもしない。川崎戦も36分に先制されながら、その後はチーム一丸となって追加点を許さず、77分に途中出場のFWヴィトール・ブエノが同点ゴールをゲット。そのまま引き分けて勝ち点1を積み重ねた。しぶとさの理由は、無敗を続ける間に複数失点を喫していない守備陣にある。

 そして、鳥海晃司とともに最終ラインをけん引する西尾は、カタールの地で自分自身を見つめ直し、ポジティブな思考回路のもとで発動させてきたリバウンドメンタリティーが力強く脈打っていると明かす。

⚫︎父親からの教えがもたらす西尾の「いま」

「今回の退場の件で、自分自身はあまり引きずらないタイプであり、さらに応援してくれる周囲の言葉の数々がいつも僕を救ってくれているとあらためて感じました。さらに僕自身は小さなころから父親や指導者の方々に、ミスをした後のリバウンドメンタリティーは日々の積み重ねに導かれるとずっと言われてきたので」

 西尾にとっては、脇坂が冗談混じりにかけた「退場しないようにね」も応援してくれる言葉となる。直接対峙した一戦を含めて、カタールから帰国後のパフォーマンスが出色だと認めているからこそ、川崎のキャプテンはあえて「退場」というパワーワードを、フランスへ出発する直前の西尾へ贈った。

 振り返ってみれば昨シーズンも、鳥海やマテイ・ヨニッチ、進藤亮佑らと激しいポジション争いを演じた末にリーグ戦の出場がわずか9試合、322分間に終わっている。FC東京と2-2で引き分けた今シーズンの開幕戦もリザーブのまま終えた。それでも、下を向かない西尾の姿勢が「いま」を引き寄せている。

「サッカーでコツコツやるしかない、と自分自身では思っているので。やってしまったことを引きずるのではなくて、次のチャンスでどのようにして、少しでもポジティブに生かしていくのかを常に考えるようにしている。その意味でも、試合だけに出場していればいいとも思わない。練習の過程が自分としてはすごく大事だし、練習でコツコツ積み重ねてきたものが、少しずつ試合にも出てきていると思う。練習でどんどんトライを重ねて、成長していく過程を感じられる瞬間が、自分にとってすごくうれしいものなので」

 川崎戦では一人で四役を担った。4バックの右センターバックとして先発し、システムが『3-4-2-1』に変わった59分からは3バックの右へスイッチ。再び4バックに戻った68分からは右サイドバックへ移り、FWレオ・セアラがベンチへ下がった89分からはゲームキャプテンも務めた。

 3バックの右、そして右サイドバックでは積極果敢に前線へも攻め上がった。なかなか見られない右サイドバックでのプレーに関しても、西尾はセレッソ大阪U-15に所属していた中学2年生のときに「1年間ずっとやっていたので、何もできないわけではないです」と心配無用を強調している。

⚫︎「何かちょっと明るくやろうかな…」

「いまの時代はいろいろなポジションでプレーできた方がいいし、何よりも自分のプレーの幅も広がる。まだまだ足りない部分もありますけど、試合でこういう状況になったときに自分が得点に絡めるようになれば、チームに貢献できるだけでなく自分の価値もさらにあがっていくと思うので」

 川崎戦後にはセレッソから離れ、モードをフランスへ向かうU-23代表のそれに切り替えた。西尾の手には試合後にファン・サポーターから手渡された、激励の寄せ書きが続けられた日の丸などが握られていた。

「日の丸とセレッソのエンブレムと、あとはパリ五輪のタオルみたいなものをいただきました。自分にとっては一生の宝物になる、パリ五輪での自分の力にもなる。本当に感謝しないといけないですね」

 冒頭で西尾が言及した「みんなにすごく感謝しなきゃいけない」を、あらためて考えてみた。

アジアカップを勝ち抜いて、パリ五輪出場を決めた同世代のチームメイトたち。帰国後の自分を認め、積極的に起用してくれた小菊昭雄監督をはじめとするセレッソの首脳陣。パリ五輪代表に選出してくれた大岩剛監督は、守備陣で特に必要だと指摘されてきたオーバーエイジを一人も招集しなかった。

 そして、旅立つ直前に熱いエールを届けてくれたセレッソのファン・サポーター。感謝の思いを届ける「みんな」が大勢いるからこそ燃える。川崎戦の直前に髪の毛をまばゆい金色に染めた西尾は、目標に掲げる金メダル仕様なのか、という問いに「まあ、そう言われますけど…」と苦笑しながら、こんな言葉を残している。

「何かちょっと明るくやろうかな、と思って、一昨日くらいに染めました」

 一夜明けた15日に機上の人になった西尾は、すでに現地時間17日に行われる開催国U-23フランス代表との国際親善試合(トゥーロン)へ向けて心技体を集中させている。どん底の状態から自らの力ではいあがり、ムードメーカーをも兼ねるセンターバックの、一世一代の大勝負が幕を開けようとしている。

(取材・文:藤江直人)