椅子取りゲームとプラマック×ヤマハ。ヤマハが新型エンジンで試す事/MotoGPの御意見番に聞くオランダGP

AI要約

 2024年MotoGP第8戦オランダGPでは、フランセスコ・バニャイアが快走し、パーフェクトウインを達成した。その一方で、マルク・マルケス選手はペナルティを受けるなど厳しい結果となった。2025年のチームとライダー契約も話題になっている。

 レース間のインターバルが長かった影響やタイヤ選択、ライダーマーケットの動きについても議論されている。

 チーム間の調和や新型エンジンの投入による開発、ライダーの移籍など、今後のMotoGPシーズンに期待が寄せられる。

 6月28~30日、2024年MotoGP第8戦オランダGPが行われました。フランセスコ・バニャイアは初日からの快走でパーフェクトウインを達成。ヤマハは新型エンジンを投入したり、マルク・マルケスのレース後ペナルティなどが話題になりました。そして最近2025年のチームとライダー契約も発表されています。

 そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第33回目となります。

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--さて何から話を進めて良いのか迷いますけれど、今回のオランダGPはカザフスタンGPが延期された影響で、前戦のイタリアGPから1カ月近く間が空いてしまいました。このような事態の影響の有無についてどのようにお考えですか。

 結果的に夏休みが2回に増えた格好だから、調子を狂わすライダーもいるだろうね。でも何かしら肉体的にダメージを負っているライダーにとっては有難いだろうし、それぞれの事情によって影響がプラスに出るかマイナスになるかは変わるよね。

 さすがに毎週はきついだろうから、中2週間くらいで開催されるのが良さそうな気がするけどね。

--カタルーニャGPのレースで優勝してから、イタリアGPでは完全優勝と波に乗って来たフランセスコ・バニャイア選手にとっては、このインターバルは長かったと思うんですが、初日から「そんなの関係ねぇ!!」って感じの速さでしたね。

 たしかに、バニャイア選手はこれまでスロースターターという印象が強かったから、初日から速いのにはびっくりしたね。もともとアッセンは好きなコースという事もあるんだろうけど、すべてのセッションでトップタイムとか、ポイントリーダーのホルヘ・マルティン選手もお手上げって感じだったね。

 スプリントも決勝レースもホールショットからの完璧な勝利だったから、まさに「横綱相撲」ってところだな、ちょっと表現が古いけど(笑)

--その一方で、すったもんだの末に来季ドゥカティファクトリー入りが決まったマルク・マルケス選手はスプリントでは2ラップ目に転倒し、決勝レースでは4位でフィニッシュしたのにタイヤの最低空気圧違反のペナルティで16秒加算されて10位に降格とか完全にツキに見放された感じでしたね。

 Q2でも成り行きでアレイシ・エスパルガロ選手を抜いた後に転倒していたし、スプリントでは縁石にヒットして転倒とか、「らしくない」ミスを犯していたから、調子はあまり良くなかったんだろうけれど……。

 なんとか我儘通してファクトリーライダーの座をゲットしたら、急に運気が変わって風当たりが強くなったみたいな感じで、来季チームメイトになるバニャイア選手とは対照的な結果になってしまったよね。

--話はちょっとそれますが、今回は殆どのライダーがフロントタイヤにハードを選択したようですが、気温も路面温度もそれほど高くないない中でのハード選択は、最低空気圧との関連とかあるんでしょうか?

 ミシュランのハード・ミディアム・ソフトというバリエーションは絶対的なものでは無くて、そのサーキットのアロケーション(割り当て)の中での相対的な位置づけという事なんだよね。

 だから、今回はその中ではハードタイヤが一番トラックに合っていたという事なんじゃないかな。物理的な事を言えば、ハードタイヤがラバーではなくケーシングが硬いと考えると、温度が上がった際には柔らかいケーシングよりは内圧が高くなるので、最初の内圧をより低く設定する事が出来て多少有利とは言えるかもしれないね。

 それにしてもマルク・マルケス選手のコメントによると、前車を追走する前提で空気圧を設定しているので、ラインがワイドに膨らんだだけで(タイヤが冷えて)内圧が下がってしまったそうだから、なかなかシビアだよね。

--なるほど、そういう事だったんですね。

 話は戻りますが、マルク・マルケス選手のドゥカティファクトリー入りに始まった「ドミノ倒し」というか「椅子取りゲーム」というか、イタリアGP以降のライダーマーケットの動きは激しかったですね。

 結局マルク・マルケス選手に、悲願のファクトリー入りを邪魔された格好になったマルティン選手が急遽アプリリアと契約し、それを事前に知らされなかったマーベリック・ビニャーレス選手も速攻でKTM(Tech3)へ移籍、そしてその空いたアプリリアのポストにVR46からベゼッチ選手が納まるとか、この一連の動きは早かったよね。

 それに拍車を掛けるようにヤマハとプラマック・レーシングとの契約が発表されたものだから、ライダーの獲得合戦は一層混沌としてきて当分の間続く感じだな。

--プラマックはマルティン選手が抜け、フランコ・モルビデリ選手も単年契約ですから、ヤマハにスイッチするとしてもライダーは白紙ですね。

 モルビデリ選手は昨年末にヤマハから放出された格好なので、またヤマハに戻るという事はちょっと考えにくいかな。来季はVR46にドゥカティのファクトリーマシンが供給される可能性もあるから、おそらくそちらに移るんじゃないのかな。

 ヤマハとしてはドゥカティの最新ファクトリーマシンを経験したモルビデリ選手が戻って来るのはウェルカムだと思うけど、本人がどう思ってるかは分からんしね。

--シーズン前のアクシデントの影響で序盤はさえなかったモルビデリ選手でしたけど、最近は上位に名を連ねる事が多くなってきたので、ドゥカティへの適応が進んだという事ですよね。本人としてはやはり来季もこのまま戦闘力のあるマシンで闘いたいでしょうね。ところで、トップライダーの多くが来季は異なるブランドのマシンで走るわけですが、うまく適応できるんでしょうか、そこのところが懸念されるんですけど。

 正直言って、そればっかりは何とも言えんよね。

 ひとつだけ言えるのは現時点でのマシンのパフォーマンスに優劣をつけるのは非常に難しいと思うね。デスモセディチGP24で全方位的な強さを獲得したドゥカティが頭一つ抜けている感じもするけれど、それもバニャイア選手とマルティン選手の強さがあっての結果だし、GP22からGP23に乗り換えたベゼッチ選手が低迷する一方で、しっかり適応できているジャンアントニオ選手の例もあるし、結局はライダー次第って事になるんじゃないのかな。

 まあ、メーカー間のキャラクターの違いはモデルイヤーの違いより大きいだろうから、乗り換え組が多少なりとも適応に時間が掛かるとすると、来年もドゥカティファクトリーが一番有利だと言えるのかも。

--ドゥカティファクトリーの懸念材料はマルク・マルケス選手の加入によるチーム内の調和の乱れだと思うのですが、その点はどうなのでしょうか? そもそもそういう懸念材料がありながら敢えてマルケス選手を獲得した意図とは?

 マルク・マルケス選手の獲得に関して、誰が最終的な決定権を持っていたかは知らないけれど、現状のライダーのパフォーマンスで考えると、マルケス選手とこのところ復調してきたエネア・バスティアニーニ選手とでは大差なくて、チーム内の調和で考えればバスティアニーニ選手の継続がベストだと思うけどね。

 ただしマルケス選手というブランドとそれに伴って動く(であろう)お金に関してはバスティアニーニ選手では太刀打ちできないから、そういう大人の事情が絡んでるんだと思うよ。ひょっとしたら親会社のアウディあたりが意思決定に絡んでるかもしれないしね。

 バニャイア選手については、今回の完全優勝からも見た目よりタフなメンタリティを持っているようなので、ドゥカティ側がエースとしての対応に手抜かりなければ問題はないんじゃないかな。恐らくは今シーズンもチャンピオンを獲得するだろうから、チーム内のプライオリティはより明確になるしね。

--今回契約合意を発表したプラマック・レーシングとヤマハですが、プラマックと言えばサテライトチームながらファクトリーと同じサポートを提供するドゥカティとの関係性の濃さが特徴でしたが、どうしてヤマハに乗り換える事になったのでしょう?

 一番の動機は「プラマックなんて嫌だ!!」とマルク・マルケス選手にダメ出しされた事(笑)。

 そしてそれを受けて、ドゥカティが決まりかけていたマルティンのファクトリー昇格を見送った事。オーナーのコメントではマルティンがアプリリアに移籍を決めた時点で、チームのミッションを失ったと言っているけど、要するにプライドを傷つけられたという事だね。

 まあ、ヤマハから条件の良いオファーがあったのは想像に難くないけどね。

--先ほども言いましたが、チームが決まってもライダーがそれなりのレベルに無いと、開発を加速するためというサテライトチームの存在意義が薄れてしまいますね。

 確かにね、開発の方向性に偏りをなくすためには、ドゥカティのように多くのライダーから情報を得る事は、とても有意義であると結果が証明しているわけだけれど。多くのライダーを抱えるという事は、ましてや今回のヤマハやのようにサテライトチームに対してファクトリーと同じマテリアルを供給するとなると、タイムリーな意思決定とモノづくりのスピードが今以上に要求されるので、メリットばかりでは無いんだよ。

 それにライダーが増えても、使えない情報では単なるノイズでしかないので、一定レベル以上のライダーの獲得はマストなんだけど、来シーズンの去就が決まっていない残り9人から選ぶのは、契約金も絡むしなかなか大変な争奪戦になりそうだね。

--ところで、今回ヤマハが持ち込んだという新型エンジンですが、ファビオ・クアルタラロ選手はアッセン向きではないと言っていましたね。それが事前に分かっていながら投入する目的は何ですか?

「僕の考えではオーストリアのシュピールベルクやイタリアのミサノが合っていると思う」とコメントしている事から、新型エンジンはいわゆる「ストップ&ゴー型」のサーキットに合うエンジン特性なんだと思うよ。つまり中低速のトルクが増して加速が良くなっているんじゃないかな。アッセンはどちらかと言うと「クルージング型」なのでその良さが発揮できないと。

 なんで敢えてそういうエンジンを持ち込んだかというと、いずれはエンジン仕様を一本化する必要があるので、向いていないと思われるサーキットでどこまで戦えるかという検証が目的だと思うよ。

 もっとも向いていると思われるサーキットでうまく走れるかどうかは未知数だし、アレックス・リンス選手がエンジン制御で苦労していた事や、珍しくハイサイドで転倒していた事を考えると、エンジン特性がかなりアグレッシブになっているという懸念は残るね。

--なるほど、最近のクアルタラロ選手は開発進度に関してポジティブなコメントが多いですが、早く目に見える結果が現れると良いですね。

 そういう事!!

 2年契約を更新したという事もあるけど、肚を括ったというか大人になった感じだね。チームの士気にかかわるのでこういうスタンスは大事だと思うよ。

[オートスポーツweb 2024年07月03日]