大阪桐蔭、履正社を撃破…大阪学院大高校野球部 辻󠄀盛監督「最初のミーティングでした意外な約束」

AI要約

経営する生命保険代理店の社長でありながら、大阪学院大高の野球監督でもある辻盛英一。ビジネスと野球の指導法に共通点があると語る彼は、目標を達成する姿勢を大切にしている。

辻監督は厳しい練習で選手たちを鍛え、過去の弱点を克服するための取り組みを促している。選手たちはプロの道を目指して日々努力し、夏の大阪大会に向けて意気込んでいる。

ビジネスで培った個性心理学を活かし、選手たちの潜在能力を引き出す辻監督。彼の手腕が大阪学院大高を甲子園の頂点に導けるか注目が集まる。

大阪桐蔭、履正社を撃破…大阪学院大高校野球部 辻󠄀盛監督「最初のミーティングでした意外な約束」

平日の朝9時から午後3時までは経営する生命保険代理店の社長。終業後、大阪府吹田市内のグラウンドに向かい、ユニフォームに着替えて甲子園出場を目指す球児たちを鍛える――。

大阪学院大高・辻󠄀盛英一監督(48)は、まったく異なる2つの集団を率いる異色の指揮官だ。

「社員、選手を育成する際の考え方、アプローチの仕方はビジネスも野球も基本的には同じです。選手たちには最初のミーティングで『目標にするのではなく、日本一になる、と決めてほしい』と言いました。目標という言葉には『達成できなくてもいい』というニュアンスが含まれているので、僕は好きじゃないんです。選手は困惑していましたけどね」

辻󠄀盛監督は大学卒業後、三井住友銀行を経て、アリコジャパン(現・メットライフ生命保険)に入社。営業マンとして13年連続売り上げ日本一の成績を挙げた後、’18年に生命保険代理店「ライフメトリクス」を起業した。

敏腕ビジネスマンの肩書を持つ一方で’10年から12年間、母校・大阪市立大(現・大阪公立大)の監督を務め、’17年に24年ぶりのリーグ優勝に導いた。その手腕を買われ、高校野球界に足を踏み入れたのは昨年3月のことだった。

「やる以上はプロを目指してほしい。高校時代の2年半ぐらい、好きなことに死に物狂いで取り組んでほしい。それができない人が、社会人になって家族のためにやりたくないことをやらなきゃいけなくなったとき、壁を突破できると思えないんです。『トップになる』と決めて取り組むからこそ、今の練習で何が不足しているかが明確になるし、自覚できる」

大阪学院大高は、阪神などで206勝、193セーブをあげた剛腕・江夏豊氏(76)の母校だが、甲子園出場は’96年春の1度だけ。辻󠄀盛監督の就任半年前の秋季大会1回戦では強豪の履正社に1―11で大敗した。

◆転機となった関東遠征

辻󠄀盛監督は本気度が伝わるよう、就任と同時に最速180km/hを誇る超高速ピッチングマシンを購入。優勝に導いた大阪市立大の野球部で実践していた「160km/hのスピードボールをマウンドより5m手前の13mの至近距離で打つ練習」ができる環境を整えた。プロでも簡単にバットに当てられないような難しい打撃練習を、部員たちは最初、なかなかやろうとしなかった。

「速度に慣れれば絶対に打てるようになるんですが、『こんなの練習になりません』といって、真剣に取り組もうとしなかったのです。でも僕は、強制的にやらせることはしませんでした」

昨年3月、就任直後に行った関東遠征が転機となった。常総学院など甲子園常連校と練習試合を組んだが、高校トップクラスの投手の速球に圧倒され続けた。学校に戻ると、選手たちは高速マシンの電源スイッチを入れ、160km/hのスピードボールと格闘し始めた。

「弱点を克服するためにどんな練習が必要なのか、自分たちで気づくことができたんです。私もただやらせるのではなく、最初はバントの構えで当てるところからはじめて、徐々にバットの振り幅を広げるように教えていったら、今ではレギュラー陣は難なく芯で打ち返せるようになった。試合でどんなすごいピッチャーが登場しようが、スピードボールに力負けすることはなくなりました」

打撃のパワーを生み出す下半身を鍛えるため、冬場はボールを触らせずスクワットに取り組む。他校が足腰のけがを恐れてひざを半分曲げる「ハーフスクワット」で終わらせるなか、大阪学院大高はフルスクワットを徹底。両足、お尻や腰、背中と野球で使う筋力を強化した。

辻󠄀盛監督が独学で研究し、営業マンとしてトップに立ち続ける原動力となった『個性心理学』という統計学に基づいた心理学も、選手の潜在能力を引き出すのに役立った。

「社員や選手をタイプ別に分け、声のかけ方や指示の出し方を変えることで、各個人の頑張り方が変わり、仕事や練習の成果が大きく変わるんです」

今春の府大会、甲子園の常連である履正社に9ー8と打ち勝ち、準々決勝の大阪桐蔭も左腕エース前川琉人の好投で、2ー1と勝利した。犠打ゼロで激戦区の頂点に立ち、話題を呼んだ。

7月6日に開幕する夏の大阪大会まで1ヵ月を切った。20名いる3年生は卒業後の進路を話し合う時期でもあるが、辻󠄀盛監督が面談で驚いたことがある。

「全員が『社会人野球まで続けられそうな大学』を希望するんです。プロになれなかったとしても、野球で飯を食えるところまで頑張りたい、ということです。燃え尽きている子が一人もいないんです」

プロ注目の遊撃手に成長した今坂幸暉主将(3年)は言う。

「この夏、辻盛監督を日本一の監督にすることしか考えていません」

「野球もビジネスも同じ」だというトップセールスマンのメソッドが、大阪学院大高を甲子園の頂点に導くか。

『FRIDAY』2024年6月28日号より

取材・文:服部健太郎(ベースボールライター)