山鳥毛だけじゃない!学芸員の“推し”は足利将軍の短刀 備前長船刀剣博物館で27日から「瀬戸内市の名宝展」

AI要約

夏季特別展「瀬戸内市の名宝展」では、国宝の備前刀「太刀 無銘一文字」が初公開されることが話題である。

刀剣の鑑賞法を学ぶ際には、刀身全体の姿、地鉄や刃文、刃文の粒子の大きさなどを観察することが重要である。

短刀「備州住長船勝光」は、室町幕府将軍の足利義尚によって鍛えられた館蔵品であり、刀身の厚みや刃渡りなどが特徴的である。

山鳥毛だけじゃない!学芸員の“推し”は足利将軍の短刀 備前長船刀剣博物館で27日から「瀬戸内市の名宝展」

 備前刀の古里・岡山県瀬戸内市にある「備前長船刀剣博物館」。27日から始まる夏季特別展「瀬戸内市の名宝展」は、最終盤の9月に戦国武将・上杉謙信の愛刀として知られる国宝の備前刀「太刀 無銘一文字(山鳥毛=さんちょうもう)」の刀身と拵(こしらえ=さやなどの外装)を初めて同時公開することで話題だが、他にも数々の優品が並ぶという。足利将軍のために鍛えられた短刀が“推し”という学芸員・杉原賢治さん(42)に、記者があらかじめ刀剣の鑑賞法とその魅力を教えてもらった。

 岡山市中心部から車で東におよそ1時間。展示替え前の博物館を訪ねた。1階展示室には大小さまざまな刀剣16点が並ぶ。きらきらと輝く姿は美しいが、どれも似ているように見えてしまう。「刀の基本的な見方を学んでもらうのがこの展示室です」。杉原さんのレクチャーが始まった。

 鑑賞の基本は、まず刀身全体の姿から。刃長60センチ以上が太刀か刀で、30センチ以上60センチ未満は脇差し、30センチ未満を短刀と呼ぶ。馬上で使う太刀と徒歩で使う刀はどう見分けるか。よく見ると刃を上に展示したものと下にしたものがある。理由は武士が携える向きにそろえるためで、騎馬武者が腰につる太刀は刃が下向き、時代劇のように腰に差す刀は刃を上向きなのだ。そうすると銘も表を向く。もちろん太刀や刀といっても反り具合や切っ先の長さは千差万別。好みの形を探してみたい。

 次に地鉄(じがね)を観察する。日本刀の特長「折れず、曲がらず、よく切れる」は玉鋼を何度も折り返して鍛錬していることに秘密がある。鋼の薄い層が重なることで表面に独特の模様が生まれるのだ。備前刀によく見られるのは、木材の板のような「板目肌(いためはだ)」や樹木の年輪のような複雑な模様の「杢目肌(もくめはだ)」。ほかに、木目がまっすぐ走るような「柾目肌(まさめはだ)」、線がうねる「綾杉肌」などがあり、産地を推測する手掛かりになるそうだ。

 さらに目を凝らしていくと刀身に波のような模様が見えてくる。刃文(はもん)だ。直線的な「直刃(すぐは)」と波打つような「乱刃(みだれば)」に大きく分けられ、乱刃の中でも、その波の大きさや形がどの刀も違っている。そこに刀工集団や刀工個人の特徴が表れるという。

 「刃文にちょうどライトの光が当たる高さまで視点を合わせて見るのがポイントです」と杉原さん。茎(なかご)のある左側から切先(きっさき)のある右側へ、ゆっくりと体を平行移動させていくと、これまで見えなかった世界が見えてきた。焼き入れ前の土のかけ方などによって多彩な模様が生み出されるという。中には桜の花が波打つ川面を流れるような絵画的な刃文まである。

 刃文をより詳しく観察すると、鋼の粒子の大きさによる違いも見えてくる。粒子が細かいものは「匂(におい)」、大きいものは「沸(にえ)」と呼ばれ、焼き入れ時の冷却速度によって変化が生じるそうだが、説明を聞いてもなかなか見分けがつかない。戸惑う記者に、イギリス出身の多言語支援員のトゥミ・グレンデル・マーカンさん(28)が「匂は霧を通じて太陽が差しているイメージで、沸は空を見た時にそれぞれの星が光っているイメージ」と教えてくれた。

 その言葉を手がかりに凝視していると、刀身の中に無数のきらめく星が浮かび上がってきた。まるで宇宙が広がっているようだ。どれも同じように見えていた刀剣が、ちょっと見る角度を変えるだけで異なる表情を見せる。それまで見えていなかった小宇宙のような世界が見えてくると同時に心が静かに研ぎ澄まされていくのが感じられた。

■将軍の前で鍛錬

 基本が分かったところで、杉原さんに瀬戸内市の名宝展で公開予定のイチ推しの館蔵品を聞いてみた。真っ先に挙げたのは、短刀「備州住長船勝光(かつみつ) 長享二年九月日/於御陣作之(ごじんにおいてこれをつくる)」だ。

 刃渡り23.4センチの短刀。何やら由緒がありそうな「御陣」とは、室町幕府9代将軍の足利義尚が1487年(長享元年)、近江国守護の六角氏と戦うため、現在の滋賀県栗東市に構えた、鈎(まがり)の陣のこと。その際、長船地区で隆盛を誇っていた刀工集団「長船派」の右京亮(うきょうのすけ)勝光とその弟ら多くの刀鍛冶を陣に呼び寄せ、その場で鍛えさせた事実は、相国寺鹿苑院の僧が記した公用日記「蔭凉(いんりょう)軒日録」にも記されている。

 鎧を突き通すほどの力を持つ短刀は戦場でも役立つが、この短刀は刀身彫刻が見どころ。梵字は仏敵を打ち払う不動明王を示し、素剣と呼ばれる剣の形と相まって、戦勝や厄よけを願う武士の精神性が表れているという。「刀身の厚み(重ね)が他の日本刀よりも厚く、勝光の特徴がよく現れた一振り。将軍も注目した長船派の優品を、そのストーリーとともに味わってほしい」と杉原さん。

 瀬戸内市の名宝展は前期(27日~8月18日)と後期(8月24日~9月23日)で展示替え。刀身だけでなく、市内の寺社が所蔵する鎧なども紹介する。杉原さんは「日本刀は単なる武器ではない。日本の伝統技能の粋が詰まった美術品でもあることを感じてほしい」と強調する。後期は事前予約制となっている。

【メモ】備前長船刀剣博物館は鍛刀場、工房を備えた複合施設「備前おさふね刀剣の里」(約5000平方メートル)の一角にあり、収蔵品はおよそ400点。あらかじめ許可された展示物は自由に撮影できるのもファンにはうれしい。鍛刀場と工房では、刀鍛冶や塗師(ぬし)ら5人が公開で作業しており、職人と会話し、その場で注文もできるなど、生きた刀剣文化継承の場ともなっている。戦後高齢男性が大多数となってしまった愛好家の裾野を広げようと、サブカルチャーとのコラボレーションにも力を入れていて最近では人気ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」とタイアップした。