「ドイツ人目線」で読んだ小説『関心領域』の特異性とは?文筆家マライ・メントラインが紐解く

AI要約

小説『関心領域』は、ナチス第三帝国に関する共通命題を突いた作品で、映画版とは独自のアプローチを取っている。

作品は加害者側の心理や正常化バイアスなどを掘り下げ、従来のナチキャラとは異なる視点を提示している。

『関心領域』は、普通の人びとがなぜホロコーストを引き起こしたのかという難しいテーマに取り組み、高い評価を受けている。

「ドイツ人目線」で読んだ小説『関心領域』の特異性とは?文筆家マライ・メントラインが紐解く

小説『関心領域』を通例の文脈で「あの映画の原作」と紹介するのにはいささか抵抗がある。というのも、特に日本では、公開当初から凄まじい訴求力を見せた映画版(ジョナサン・グレイザー監督)の存在感が大きく、隠喩に満ちたその内容の「解題」を求める意図で本書を手にする人が多いと予測され、その場合、キャラ構築や舞台設定など多岐にわたる差異により、読者が面食らうこと必至だからだ。

ありていにいえば『関心領域』とは、ナチス第三帝国に関する、ある「共通命題」を突く文芸作品と映像作品のユニット的名称である。双方、観念的な因果関係はあるがストーリーなど直接的な繋がりは絶妙に無い「別物」と認識したほうが良いだろう。少なくとも、受け手としてはそのようなスタンスで接したほうが有意義だ。かの名作『2001年宇宙の旅』の小説版(アーサー・C・クラーク著)と映画版(監督:スタンリー・キューブリック)の関係をさらに先鋭化させた感じといえばよいだろうか。

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『関心領域』が突いた、ナチス第三帝国の「共通命題」について。これは、ホロコーストにおける加害者側心理のリアルとは何か? そこに渦巻いていた正常化バイアスの実相とは何か? というものだ。えっでもそれって、たとえば映画『シンドラーのリスト』とかでもちゃんと描かれてたじゃん? と感じる人も多いだろうけど、最新のナチズム / 社会研究の成果を踏まえるとこのあたり、じつはかなり様相が異なってくる。

旧来のホロコースト系コンテンツに登場するナチ側の人物はえてして(自覚・無自覚の別はあれど)冷酷で加虐傾向のある異常者としてキャラづけされることが多かった。そのほうが観客にわかりやすいためだが、近年のナチズム研究では、加害者側の大多数を占めた「普通の人びと」層の機能と心理性が重視されるようになってきた。

これまでの映画で描かれるナチキャラと異なり、われわれにも心理的にシンクロする余地の大きい者たちによる罪業。これに正面から取り組んだコンテンツは、すでにあってもおかしくなかったが、じつは無かった。少なくとも世間一般で広範に話題化した、鑑賞が容易な著名作としては存在しなかった。そこに『関心領域』の画期性がある。

なぜこれまで無かったのかといえば、ぶっちゃけ困難だからだ。加害者の心理がどうあれ、ホロコーストの強烈さは変わらない。ゆえに、異常者ではなく「普通の人びと」がなぜあれほどのことをやらかしたのか、というだけでも道理の説明ハードルが異様に高くなってしまう。しかし『関心領域』は、文芸面でも映像面でもそれをやりきって、しかも高評価を得た。そこに本作の凄みがある。

たとえばホロコーストの加害側が「殺害」のことを「処理」や「処置」と言い換えるなど、自らの所業を心理的にごまかすためさまざまな策を弄したことはよく知られているが、実際にそれが現場で、どんな表情で、どんな空気感のもとで使われたか、『関心領域』はそのあたりを緻密にシミュレートしており、ある意味、時代心理プロファイリングの試みとしても高く評価できるだろう。