【感染症の文明史】湿地喪失や森林破壊が感染症流行に拍車 : ウイルスの宿主・コウモリが森を追われてヒトの生活圏に

AI要約

湿地の消失や熱帯林の破壊が感染症の流行に関与している。環境の変化がウイルスの変異を促進する可能性が高い。

水鳥にとって湿地は生命線であり、湿地の減少により餌場が制限されて変異ウイルスのリスクが高まる。

日本でも湿地が急速に減少しており、開発や人間活動による湿地の危機が顕著になっている。

【感染症の文明史】湿地喪失や森林破壊が感染症流行に拍車 : ウイルスの宿主・コウモリが森を追われてヒトの生活圏に

石 弘之

湿地の喪失や熱帯林の大規模破壊などが、感染症の流行に大きく関与している。ヒトによって変えられた生態系が、変異ウイルスを生み出す可能性を高めているのだ。

以前から存在した鳥インフル(インフルエンザ)ウイルスが、近年になってなぜこれほどまでに猛威を振るい始めたのだろうか。カート・ヴァンデグリフトら米ペンシルべニア州立大学のグループは、環境の変化が影響しているとみている。その1つとして、湿地が埋め立てられて、農地・宅地・工場用地やゴルフコースなどへ転換されていることを挙げる。

北極圏の湿地で繁殖し、冬になると越冬地へ移動するカモ類などの水鳥にとって、湿地は生存や移動の生命線だ。湿地から湿地へと餌をとり栄養を補給しながら、時には1万キロも飛行する。湿地は渡り鳥にとって燃料を補給する空港にたとえられる。湿地の消滅や縮小によって、鳥たちは残された湿地に集中するしかない。このため湿地は過密化して、水鳥同士の接触が増えて変異ウイルスが生まれやすくなる。

湿地保全の国際機関ラムサール条約事務局は、過去40年間で世界の湿地の54~57%が農地転換や開発によって失われたと発表した。2018年の報告書では、森林破壊の3倍の速度で消滅が進行しているという。自然保全の国際組織である世界自然保護基金(WWF)は、湿地に生息する淡水動植物の個体群の 76% が失われたとみている。

欧州や北米では湿地消失の速度が落ちてきたが、依然としてアジア諸国では破壊がつづいている。水田も重要な湿地とされるが、増産の圧力から休耕期をおかずに通年耕作をするようになったために、カモなど水鳥の餌場が失われている。ヴァンデグリフトは、水鳥が利用できる湿地は今後も地球規模で大きく減少すると予想する。

日本における湿地の減少は著しい。国土地理院によると、2000年の時点で日本に存在する湿地は約821平方キロ。明治・大正時代と比べて60%も湿地面積が減っている。この間に約1290平方キロ、琵琶湖の面積の2倍に当たる湿地が消失したことになる。消失面積が最も大きいのは北海道で、以下青森県、宮城県の順。東京都、千葉、埼玉両県の減少率は90%を超え、大阪府の湿地はほとんど姿を消した。

環境省が2016年4月に発表した調査結果によると、対象になった823湿地のうち、524カ所が「悪化傾向」にあるとされた。このうちの368湿地について悪化の原因を調べたところ、「開発など人間活動による危機」が54%を占めた。具体的には、開発工事、土砂堆積、乾燥化、水質汚濁、富栄養化、外来種の侵入、シカ類の食害や踏圧(とうあつ)、植生変化などだ。

米国では、1780年代から1980年代までの過去 200年間で、1億5000万ヘクタールあった湿地面積の 53%を失った。カリフォルニア州などは、土地利用の変化や淡水需要の増加によって湿地の 90%以上が消失した。これ以外に22州で湿地の50%以上が消えた。1780 年以降、湿地の 80%以上が維持されているのはアラスカ、ハワイ、ニューハンプシャーの3州だけだ。