実は寝てなかったサーバーワークス大石社長 クラウドビジネスの洞察すごかった

AI要約

AWSのプロフェッショナルとして数多くの実績を持つサーバーワークスの大石社長にインタビューが行われた。

エンタープライズ案件では、オンプレミスとクラウドの選択がまだ多い状況で、サーバーワークスがAWS専業としてエンタープライズに評価されていることが示された。

生成AIやGoogle Cloudの動向、クラウドインテグレーターの役割、AIの期待値など、幅広い話題が取り上げられた。

実は寝てなかったサーバーワークス大石社長 クラウドビジネスの洞察すごかった

AWSのプロフェッショナルとして数多くの実績を誇るサーバーワークスの大石社長にインタビューしてきた。

 切れ長の目のため、「社長、寝ないでください!」とSNSでツッコまれることの多いサーバーワークスの大石良社長。そんな大石社長に久しぶりのインタビューしてきた。最近のクラウドビジネスや業界動向、そして生成AIへの見解を聞いたら、洞察が素晴らしすぎて、改めて寝ていないことがわかった。(以下、敬称略 インタビュアー ASCII編集部 大谷イビサ)

 

「オンプレか、クラウドか」のエンタープライズ案件はいまだに多い

大谷:ご無沙汰しております。いっしょにお仕事させていただいたのが、コロナ禍前のJAIPAのイベントまでさかのぼってしまうので、まずは大石さんから見た市場と御社のビジネス動向について教えてください。

 

大石:はい。市場自体は実は大きく変わってないと思います。大きなSIerはどうしても自社のデータセンターもあるし、かつクラウドもいろいろやっています。でも、エンタープライズ+クラウドだけでやっているわれわれの立ち位置も変わっていません。長らくAWSだけやってきて、エンタープライズにもきちんと刺さりつつあるという実感は得ています。

 

エンタープライズっていまだに「オンプレミスか、はたまたクラウドか」みたいな案件がいまだに多いんですよ。こういう案件でパートナーを探すとなると、エンタープライズの流儀やプロトコルを理解していて、AWSを専業でやっているというのは弊社くらいです(関連記事:サーバーワークスがAWSと戦略的協業 4年間で290億円の新規ビジネス創出へ)。

 

大谷:AWSパートナーも増えている現状、専業性や実績以外にどういったところを評価されているんでしょうか?

 

大石:たとえば、最近のエンタープライズではAWSアカウントを統合管理できる「AWS Organizations」を導入するのがほぼマストになっています。でも、これっていわゆるAWSのリセラーにとってあまり相性がよくない。というのも、リセラーの中には今まではAWS Organizationsを自分たちで管理して、リザーブドインスタンスなどをまとめ買いして、お客さまに安く提供するというビジネスを展開しているところが多かったからです。

 

でも、これはあまりお客さまのためにならない。ですから、われわれは当初からお客さまに個別にIDを払い出して、AWS Organizationを管理してもらっています。こういった取り組みが認められて、ようやく弊社がエンタープライズに認められているみたいなところがありますね。

 

SaaSの足回りやセキュリティ、コストコントロールなど専門家ならではの知見が生きる

大谷:エンタープライズではなく、中小企業の動向はどうでしょうか?

 

大石:SaaS事業者の足回りをサポートする例が増えています。昔もアプリケーションの開発や運用にリソースを割きたいので、インフラを弊社に任せてもらうというパターンはあったのですが、インフラはAWSのプロ集団のわれわれに任せるというSaaS事業者が相対的に増えている気がしますね。

 

あとはセキュリティ対策ですね。ご存じの通り、今猛威を振るっているランサムウェアに対して、規模の小さなスタートアップは特に弱い。ある程度大きい規模の会社であればシステムダウンしても事業的に復活できますが、スタートアップは一発やられたらアウトです。だから、小規模なスタートアップこそセキュリティやガバナンスを意識したクラウド設計が必要になります。

 

コストコントロールにも焦点が当っています。最近のスタートアップはもはやだけに頼れず、利益を出さないと生き残れないので、クラウドコストにとても敏感です。そういったときに「サーバーワークスさんって、クラウドコストの専門家いるんですよね」といった感じでご相談をいただくケースが相対的に増えています。

 

大谷:最近のユーザー事例について教えてください。

 

大石:AWSの事例だと地銀のような金融機関が増えています。明確なのは勘定系をAWSでやろうという案件はほぼないということです。基幹システムはNTTデータのMAJRのような共同システムに載せようという潮流なので、それ以外の情報系をクラウド化しようということで、AWSが使われているということです。

 

面白いのは、せっかくAWSでシステム作るのであれば、外販したいと考えている銀行が多いことです。これは地銀が情シス子会社を子会社化できるようになった法令改正を受けています。人口減少やオーバーバンキング状態で銀行もなかなか利益を上げられなくなったので、ITシステムで儲けていこうという流れが加速しています。

 

Oracle Cloudを売らなければというSIerは増えている

大谷:最近ではすっかりマルチクラウドが一般的になってきている気がしますが、大石さんの目から見て、最近のクラウド事業者の動向はどう見えますか? 

 

大石:OpenAIの影響があって、Azureが伸びているのは事実ですね。マイクロソフトのビジネスって、Microsoft 365やAzure、OpenAIなどをバンドルしたEA契約という非常に大きな契約を会社単位で締結します。そうすると、お客さまからは、PowerPointを使いたいだけなのに、Azureの利用権がウン億円分付いてきたみたいな感じになるんです。だから、せっかく付いてきたAzureを使わないと損と感じる会社は多いと思います。

 

大谷:M365やTeamsの利用ユーザーの数を考えたら、潜在的には多くの企業が関係してきますね。

 

大石:言い悪いは別にして、ビジネスのやり方としてはうまいと思います。M365やTeamsなどのいわゆるプロダクティビティの領域に関しては、もう少しAWSにがんばってほしいなあと。先日、GoogleがHubSpotの買収をあきらめたというニュースが出ていましたが、本当はAWSさんにこそ生産性に効く分野を伸ばしてほしいと思います。

 

大谷:確かにSaaS分野はAWSのウィークポイントですね。ローコードツールとか、やめちゃったし。

 

大石:とはいえ、SaaSの足回りではAWSがめちゃくちゃ使われているので、AWSもなかなか競合サービス出しにくいという事情は理解しますけどね。

 

一方、最近ではOracle Cloudの話はけっこう聞きます。ご存じの通り、オラクルはトップリレーションも強いので、ラージSIerを中心にベンダーもがんばって売っているようです。経営陣からミッションが降りてきて、売らなければみたいな現場も多いみたいですけど。

 

大谷:どういったユーザーがOracle Cloudを導入するんでしょうか。

 

大石:正直、Oracle Cloudを本気で使いたいという企業はそんなに多くはないと思います。ただ、「Oracle DBをクラウドで使おうとしたら、Oracle Cloudしかないよね」とか先日の発表でオラクルもAWSと連携して使いやすくなった、と考えているユーザーは増えると思います(関連記事:オラクルとAWSが「Oracle Database@AWS」発表、AzureやGoogleに続く“分散クラウド”提携)。

 

個人的に「インフラレイヤーのマルチクラウド化」は管理コストの増大やノウハウ分散を招くのであまりお勧めしませんが、DBのライセンスの問題などで100%のAWS化が難しいという事情を抱えたユーザーにとっては福音になる可能性もありますね。

 

G-genのGoogle Cloud事業は順調 AIやモバイル、アプリ案件で強み

大谷:マルチクラウドというトピックだと当然、御社のグループ会社であるG-genのGoogle Cloud事業についても聞きたいと思います。

 

大石:おかげさまで順調に伸びているのですが、基本はAWSとGoogle Cloudを組み合わせて使うという領域です。政治的な理由でAWSを入れられない小売のお客さまの受け皿としてスタートしたのですが、今ではメインはAWSだけど、GoogleのBigQueryは使いたいというお客さまのニーズを満たせるようになっています。

 

ただ、最近はGoogle Cloud前提でシステム構築するスタートアップも出てきましたね。ここらへんはエンジニアに向けたGoogle Cloudの神通力が効いている気がしますね。

 

大谷:こちらも具体的な事例を教えてください。

 

大石:Google Cloudだと、カーテンを製造しているサンゲツさんの事例は面白いですね。カーテンって、めちゃくちゃ型番があるんです。だから、お客さまは古い生地を持ってきてこれがほしいと言っても、社員は一瞬わからないみたいとのことでした。そこで、サンゲツさんはVertex AIを用いてデータベースを構築して、お客さまが写真をくれたら、型番がわかるようにしています。

 

大谷:実に美しい「ザ・AIな事例」ですね。

 

大石:あと、風月フーズさんはkintoneからGoogle AppSheetにリプレースした事例ですね。kintoneってとてもいいサービスなんですけど、データとビューが一体化しているので、作った人以外がわかりにくいというデメリットがあります。でも、AppSheetはデータとビューを分離できるので、データはプロフェッショナル、ビューは現場の人が作るみたいな役割分担を実現しています。

 

やっぱりGoogle Cloudだと、AIやモバイル、アプリに近い案件が多いです。インフラだったらAWSで問題ない。だから、いい意味で使い分けだなと思います。

 

エンタープライズの世界では、これからもAWSが選び続けられる

大谷:現状、AWSとGoogle Cloudの案件はどれくらいの割合なんでしょうか。

 

大石:9対1の割合で、AWSの方が多いです。ただ、伸びしろが大きいのでGoogle Cloudの成長は高い。8:2、7:3くらいにはなるかもしれません。

 

大谷:Google Cloudを積極的に選ぶ理由って、どう分析していますか?

 

大石:Firebaseがあるので、生産的なモバイルアプリを作りやすいというのはありますね。

 

あと、先日AWSの資格12冠のG-GenのCOが言っていたのは、AWSは歴史が古い分だけ、セキュリティ機構がアドホックになっているということです。AWSって最初IAMというIDベースの管理システムから構築されて、その後AWS Organizationsのような組織管理に移ってきています。

 

でも、Azureは最初からActive Directoryだし、Google Cloudも組織全体でセキュリティを管理する仕組みが備わっています。ゼロからスタートするのであれば、複雑なIAMやAWS Organizationsを覚えるよりもシンプルでわかりやすいと話していました。

 

大谷:なるほど。歴史の厚みがあだになっている部分があるんですね。

 

大石:とはいえ、AWSとGoogle Cloudを比べれば、サービスの安定度や運用品質はAWSの方が圧倒的に上です。ですから、エンタープライズの世界では、これからもAWSが選ばれ続けると思うし、当分ひっくり返らないと考えています。

 

インテグレーターの役割は「航空機を作る」のではなく、「運航すること」

大谷:クラウドに関してはユーザー事例も増え、ユーザーコミュニティも盛んになっていますが、ユーザー側の選択眼は磨かれてきたんでしょうか?

 

大石:うーん。そんなに選球眼が磨かれてきたとは思えないですね。というのも、これはわれわれの反省でもあるのですが、AWSしかやってなかったときは、選球眼はありませんでした。Google Cloudのことなんて知らなかったので。

 

でも、G-GenでGoogle Cloudをやるようになって、違いを理解できるようになりました。こういうワークロードはGoogle Cloudの方が向いていると感じる一方で、改めてAWSのよさやすごいところも理解できました。

 

大谷:その観点はあるかもしれませんね。しかも後発ですし。

 

大石:ゲーテの言葉に「母国語しか知らない者は、母国語すらしらない」というのがあるのですが、まさにそんな感じ。Google Cloudをやることで、よりAWSのことがわかるようになったというのはありますね。

 

大谷:AWS御三家と呼ばれるところも、Google Cloudやり始めているので、同じ感想持つかも知れませんね。

 

大石:お客さまもわれわれに相談しやすくなったと思います。AWSしかやってなかった今までは、AWSを使うことを決めているお客さましか来なかった。今はもっとフワッとした相談も増えてきていますね。現場で使っているメンバーの目利きは、当分インテグレーターの方が強いと思います。

 

大谷:SaaSの導入が増えていることもあり、クラウドを使うことにフォーカスが当っているような気がするのですが、そんな中でクラウドインテグレーターの役割って改めてなんでしょうか?

 

大石:「クラウド作る」に比べると、「クラウド使う」って簡単なように見えるのですが、単に技術の方向性が違うだけで、クラウドをきちんと使いこなすのは簡単ではないと思っています。

 

私はこれを航空機メーカーとキャリアとの違いで例えています。ボーイングは航空機を作っていますが、ANAやJALのように航空機を運航できるわけではないはずです。クラウド作るのはAWSに任せ、きちんと使いこなせるようにするのは僕らのようなインテグレーターの役割だと思っています。

 

生成AIは期待値が高すぎ AIのためのデータ基盤が必要

大谷:最後、生成AIへの取り組みや大石さんのスタンスについても教えてください。

 

大石:もちろん生成AI自体は重要な技術であり、日本のITの基礎になっていくと思います。ただ、今は期待値が上がりすぎている。だから、期待値を是正する行動はこれから必要なんだろうなとは思っています。なんでもかんでも解決する銀の弾丸ではない。

 

たとえば、僕らのところにはAWSに関するテクニカルな問い合わせはすごく来るので、これを回答するチャットボットを作ってみました。AWSのドキュメントや過去の問い合わせ履歴を、RAGをしっかり構築したのですが、それでも全然でした。

 

大谷:全然というのはどれくらいのレベルだったんですか?

 

大石:お客さまに出せるという回答は2~3割だと思います。でも、今の期待値って9割くらいじゃないですか。AWSの技術的な説明だったら、9割くらいいけるでしょうというレベルだと思うんです。だから「全然」なんです。

 

もちろん、この2~3割も箸にも棒にも引っかからないわけではなく、きちんとソースが明らかで、下調べして出してくれてはいます。「新人ががんばってデータ用意してきましたー、先輩見てくださいー」くらいなんです。

 

大谷:同業者の方に聞くと、確かに同じような意見でてきますね。

 

大石:ただ、僕らのビジネスという観点では明確に追い風になっています。

 

先日のAWS SummitでAmazon CTOのヴァーナー・ボーガス先生が「Good needs Good 」という話をしていましたが、あれは本当にその通りです。使えるデータを整備しないとAIはきちんと機能しないんです(関連記事:食糧不足や医療危機などの社会課題に、今あるAIで立ち向かうテクノロジストたち)。

 

僕らも最初は社内のSlackやりとりやBoxの数テラのデータをAIで学習させたらいい感じの回答が戻ってくると思ったのですが、うまく読み込めません。Excelファイルも人が読んだら理解できる入れ子になっている売上データとか、生成AIはうまく読めない。CSVに落とし込んで、分解してRAGにツッコむみたいな方法をとらざるを得ない。

 

結局、一周回ってビッグデータ大事だったんだなと(笑)。じゃあ、大量の企業データを安全に保存して、ベクトル化して、AIに読み込ませようと思うと、やっぱりAWSになるんです。なので、もう一度ちゃんとデータ整備やり直しますみたいなシナリオで、お声がけいただくことがけっこう増えてきました。

 

生成AIのサービスは日本が十分勝てる領域

大谷:やはりインフラやデータ基盤みたいなところで相談が来るわけですね。

 

大石:われわれ生成AIのプロフェッショナルという立場ではないので、どちらかというとRAGのバックエンドのデータベースを構築する役回り。PoCレベルだったら弊社でもできますが、検索手法の選定やファインチューニングみたいなのは専門の業者さんが担っています。ここらへんは餅は餅屋ですね。

 

大谷:日本はAIに対して期待値が高い一方で、まだまだユーザー自身は少ないと言われます。AIはきちんとビジネスに根付くのでしょうか?

 

大石:北米はまだまだ人口も増えているし、ヨーロッパは移民が多いので、労働力を担うAIに対する抵抗感がまだ強い。でも、日本って、人口減少や少子高齢化も進んでいるので、労働力不足はますます深刻化します。社長だけじゃなく、現場ですら、『AIありがとう』になるはずです。だから、AIのニーズや期待値が他の国より全然高くなってしまう。期待値がもう少しバランスがとれてくると、日本でもよりいい使い方ができるんじゃないかと思いますね。

 

正直、LLMの開発は、GPUとお金をどれだけツッコめるかのパワープレイ。個人的にはここにあまりコストをかけてもしようがないと思っています。でも、生成AIを使って、どのようなサービスを作れるかという分野は日本でも十分に勝てる領域。飛行機を作るのではなく、やっぱり運航サービスに磨きをかけた方が世界で戦えると思います。

 

文● 大谷イビサ 編集●ASCII 写真●曽根田元