ラグビーのビデオ判定を遠隔地から、「クラウドTMO」日本ラグビー協会がデモ披露

AI要約

8月17日に開催された、ラグビー女子日本代表と米国代表によるテストマッチでは、遠隔TMOを含め、日本ラグビーフットボール協会のクラウド化取り組みが紹介されました。

静岡で行われた試合では、クラウド化されたTMOシステムが実際に遠隔地から使用され、レフリーがリモートで判定を行いました。

JRFUはTMOや映像アーカイブサービスをクラウド化することで、運営の効率化や選手の安全性の確保、ファン層の拡大などを目指しています。

ラグビーのビデオ判定を遠隔地から、「クラウドTMO」日本ラグビー協会がデモ披露

8月17日に開催された、ラグビー女子日本代表と米国代表によるテストマッチでは、ビデオ判定システム「TMO」のクラウド化に向けたデモテストが実施された。この遠隔TMOを含め、日本ラグビーフットボール協会におけるクラウド化の取り組みを紹介する。

 台風一過、夕方になっても暑さの残る静岡・エコパスタジアムで、ラグビー女子日本代表が女子米国代表と対戦した。ただし、その試合を見守るレフリー(審判員)は、現地の静岡だけでなく、東京にもいた――。

 

 2024年8月17日に開催された、女子日本代表と米国代表のテストマッチでは、ラグビーのビデオ判定システムである「TMO(Television Match Official)」のクラウド化に向けた重要なデモテストが実施された。

 

 日本ラグビーフットボール協会(JRFU)では、このTMOだけではなく、選手が脳振とうを起こしていないかを確認するシステム、映像アーカイブサービスなどのクラウド化を進めている。その目的は、運営の効率化、選手の安全性確保、ファン層の拡大など多岐にわたる。

 

 JRFUにおけるクラウド活用の取り組みと、その一番の目的であるメディア戦略について、担当者に話を聞いた。

 

静岡での試合の判定を東京から、クラウド経由でリモートTMOを実施

 記事冒頭で触れた試合は、「太陽生命 JAPAN RUGBY CHALLENGE SERIES 2024」の第二戦目だ。日本は世界ランキング11位、対する米国は9位。8月11日に北九州で行われた初戦が引き分けだったこともあり、日本の勝利への期待は高まる。結果は、日本が前半をリードしながらも、後半に逆転され8-11の惜敗だった。「ラグビーは、格下のチームが格上のチームに勝つことがあまり起きないスポーツ」(ジャパンラグビーマーケティング デジタルサービスグループ リーダー、経営企画グループ リーダーの末広健一氏)という言葉通りとなった。

 

 試合結果はJRFUにとって残念なものだったが、大きな収穫もあった。昨今のラグビー試合では審判判定補助システム「TMO(Television Match Official)」が導入されているが、今回は現地に加えて、東京・青山のJRFUオフィスにもレフリーが2人おり、リモートでのTMO体制を整えていたのだ。

 

 このシステムは、言うなれば”クラウドTMO”だ。静岡・エコパスタジアムに設置した4台のカメラ映像をクラウドへアップロードして遠隔地にリアルタイムに配信し、その画面をレフリーが見てTMOを行う仕組みだ。

 

 青山のJRFUのオフィスに設置されたデモ環境では、Amazon Web Services(AWS)クラウドとBolt6製TMOシステムが使われた。Bolt6のモニターに4台のカメラからの映像が映し出される。「タックル」「トライ」などのタグをつけることで、瞬時に映像を戻すことも可能だ。現場のレフリーともトランシーバーを介して連携がとれる。

 

 開始当初には小さな技術トラブルがあったものの、静岡からの試合の映像は大きな遅延を感じさせることなく、遠く離れた東京でもプレイの詳細が把握ができた。待機していた2人のレフリーも、問題を感じていない様子だった。

 

なぜTMOをクラウド化するのか? いくつものメリット

 JRFUと2022年発足の新たな社会人リーグ、ジャパンラグビーリーグワン(リーグワン)は、ソニーの子会社であるスポーツテック企業のHawk-Eyeと提携してTMO、および脳振とうの確認を支援する「HIA(Head Ingury System)」を運用している。これらをクラウド化することでどのようなメリットがあるのか。

 

 JRFUでメディア事業部門 部門長を務める室口裕氏は、ひとつめのメリットとして「コスト」を挙げる。試合会場への機材運搬と設置にかかるコストももちろんだが、レフリーが現地におもむくコストと時間の削減効果が大きい。あるレフリーによると「多い時は週に10試合」もあるという。遠隔からTMOができるようにすることで、例えば1試合目は現地で、2試合目は遠隔からのTMOと、1日に2試合を掛け持ちしても「体力的負担が軽減される」と期待を寄せる。

 

 また、試合の映像がクラウドに蓄積されることにも潜在性を感じているという。「TMOを行うレフリーは、このジャッジでよかったのかと悩むことがよくある。クラウドに映像がたまることで、試合後に他のレフリーともレビューができる」と室口氏。このような、レフリー間でのナレッジ共有も狙いのひとつだ。

 

 審判の正確性向上とどまらず、メディカル面での映像データの活用にも期待している。

 

 近年、選手が装着しているマウスピースにはIoTセンサーが内蔵されている。これを使えば、選手どうしが激しくぶつかった際、どのくらいの衝撃があったのかというデータを取得することができるが、これを映像とリンクさせて分析することで、どのような状態でぶつかると危険なのかという理解が進む。選手の安全性確保に役立つわけだ。

 

ラグビー新リーグ普及に向けてメディア戦略の鍵を握るクラウド

 そもそもJFRUがクラウドに着目したのは、遠隔からのTMO実施が動機ではなかった。「メディア戦略」だ。

 

 2019年に日本でラグビーワールドカップが開催され、ラグビーには注目が集まった。2022年には、それまで"トップリーグ"という名称だった社会人リーグがリーグワンとして発足。「あなたの街から、世界最高をつくろう」という言葉をビジョンに掲げて、ラグビーのさらなる発展を目指している。

 

 リーグの社会的認知を高めるためには、メディアが重要な役割を果たす。JRFUでは2022年のリーグワン立ち上げをきっかけに、リーグの公式映像制作に取り組んだ。それ以前は制作費を拠出しておらず、著作権がなかったため、映像を自由に活用できなかった。「SNSを使ったプロモーションを活発にできる土壌を作っている」が、その際に「クラウドならば簡単にメディアを共有しながら進めることができる」と室口氏は説明する。

 

 そうした考えの下で、JRFUでは「JRFUアーカイブシステム」を構築した。クラウドではAWSと手を組み、「Amazon S3」「Amazon EC2」、そしてライブ動画転送サービス「AWS Elemental MediaConnect」などを含む「AWS Media Services」を利用する。AWSのパートナーも巻き込み、リーグワンのWebサイトで試合の模様をライブ配信したり、一部の試合映像に英語のコメントを付け加えて海外の放送局に提供するといった取り組みを進めてきた。

 

 なぜAWSだったのか。クラウド技術そのものよりも、「ソリューションを一緒に作ることができること」が選定の大きな理由になったようだ。「僕たちは技術に詳しくない。どうすればいいかわからないところに、いろいろなパートナーさんを紹介してもらえた」(室口氏)。

 

 “やりたいこと”の青写真は描けている。クラウドなどの技術はその手段にすぎない。室口氏は技術について、「ひとつの商品を買うのではなく、色々なものを組み合わせながら作っていくことになる」と述べる。「今後も、我々がやりたいことの実現に向けてAWSをはじめとした技術ベンダーに手助けしてもらいながら進めていきたい」と意気込みを語った。

 

文● 末岡洋子 編集● 福澤/TECH.ASCII.jp