女優・南沢奈央を「ぞくり」とさせた“ある翻訳家”の仕事…シェイクスピア作品の翻訳をめぐる裏話

AI要約

PARCO劇場で上演中の舞台『ハムレットQ1』を観た。

物語が凝縮された舞台で、吉田羊さん演じるハムレットが魅力的だった。

台詞の変更により新たな発見があり、古典作品の面白さを再認識した。

女優・南沢奈央を「ぞくり」とさせた“ある翻訳家”の仕事…シェイクスピア作品の翻訳をめぐる裏話

 PARCO劇場で上演中の舞台『ハムレットQ1』を観た。

 ハムレットは知ってるけど“Q1”ってなんぞや、と調べてわたしも知ったのだが、シェイクスピアの『ハムレット』には、Q1、Q2、F1という3種類の原本があるのだそう。その中で今回は、最も短く、F1の約半分の長さであるQ1版を扱っているのである。

 物語がぎゅっと凝縮されている上に舞台セットの転換もないから、次々と場面が展開されていく。その分、間や余白を効果的に使っていて、緩と急、静と動で引き込まれっぱなしだった。そして吉田羊さん演じるハムレットは凛々しく理知的で、惚れ惚れ。そこに人間味溢れるチャーミングが乗っかっているから、ハムレットを人として大好きになってしまう。

 他の出演者の皆さんの素晴らしさも書き連ねたいが観劇日記になってしまいそうなので、この辺りにさせてもらうが、わたしが観ていてハッとしたことがある。

 台詞が変わっている、と。

 実はわたしも『ハムレット』に出演したことがある。しかも翻訳・松岡和子さんと演出・森新太郎さんという、『ハムレットQ1』と全く同じタッグで、2019年に東京グローブ座で上演したのだ。

 もう5年も経っているからほぼ台詞は覚えていないだろうなぁと思いながら新鮮な気持ちで観ていたのだが、何十回とやった台詞は意外と覚えているもので、オフィーリアの登場シーンに来たときに、好きな台詞をふと思い出した。留学に出発する兄レアティーズから「さっき言ったこと忘れるなよ」とハムレットに対して注意するよう釘を刺され、言い返す。「記憶に収めて錠をおろし、鍵はお兄様に預けておくわ」。ぜったいに忘れない、お兄様わたしを信じてね、といった意をこのように詩的に表現する。錠をおろすということは、忘れないという誓いにもなるけれど、兄の言葉を大切にしていることも伝わる。この一つの台詞から、兄妹間の絆やオフィーリアの知性などいろんな要素が見えてくる。

 あの台詞がいよいよくるぞ……とそわそわしていたら、きたのは別の言葉。「もう心に収めて錠をおろしたわ。鍵はお兄様に預けます」。一文としていたのものを二つに分けてある。しかも、「記憶」ではなく「心」。言い回しが変わっていたのである。でも飯豊まりえさん演じるオフィーリアはこう言うだろうという自然さがあり、素敵な響きだった。

 古典作品を観るという面白さを初めてちゃんと感じられたような気がした。

 話の筋や台詞を知っているからこそ気づけることがある。演じたことがあるのは大きいが、そうでなくても、『ハムレット』は最も多く観劇している作品だった。そういった上演され続ける作品で、どの方の翻訳を使うかによっても印象は異なる。キャストが変わり、演出も新たになる。それだけでも面白いのに、同じ翻訳家の台本で台詞まで新たになっているとは。