【漫画家に聞く】学費を使い込んだ弟、兄が伝えたことは? 読切漫画『フライドフィッシュは飛ぶフィッシュ』が凄い

AI要約

東十条に住む大学生の弟のもとを訪れた、文筆家の兄。弟が学費を使い込んでしまい号泣するが、兄は成長を喜び、兄弟の絆が描かれる。

7月下旬にXに投稿された読切漫画『フライドフィッシュは飛ぶフィッシュ』は、現実感と浮遊感が共存し、2023年5月期の「モーニング月例賞」で佳作を受賞した作品。

漫画家の蛍田鉱山が、コロナ禍の苦悩から漫画の道に回帰し、本作を制作。セリフ選びや独特の世界観について語る。

【漫画家に聞く】学費を使い込んだ弟、兄が伝えたことは? 読切漫画『フライドフィッシュは飛ぶフィッシュ』が凄い

 東十条に住む大学生の弟のもとを訪れた、文筆家の兄。釣りに没頭し、学費を使い込んでしまっていた弟は、家族にそのことがバレたと勘違いして号泣する。しかし、幼少期から真面目だった弟の告白を聞いた兄は「ようやく人生のB面を味わえてるようで兄ちゃんは嬉しいよ」と成長に目を細める。その後、兄の口から語られたことはーー。

 7月下旬にXに投稿された読切漫画『フライドフィッシュは飛ぶフィッシュ』は、現実感がありながらも、非現実的な浮遊感も共存する人間ドラマだ。2023年5月期の「モーニング月例賞」で佳作を獲得した秀作である。

 本作を手掛けたのは、コロナ禍で「いつ死ぬかわからないのに何ヶ月も家に篭って人にも会わず、綺麗な景色も見ずに漫画を描く人生は嫌だ」と考え、一度は漫画の道から離れていたという蛍田鉱山さん(@memotyoumemo)。しかし漫画という表現に再びこだわり、いまもペンを握っている蛍田さんに、本作を制作した経緯など話を聞いた。(望月悠木)

■セリフ選びは直感寄り

――『フライドフィッシュは飛ぶフィッシュ』制作の経緯を教えてください。

蛍田:当時は仕事のトラブルに見舞われるなど、人生で一番自分の時間が取れず、一番頭が回ってませんでした。ただ、「そんな状況で漫画を描いて賞を獲れたら、漫画を仕事としてやっていいということでは?」と考えて本作を仕上げました。

――それぞれの秘密を抱える兄弟の物語でした。なぜこのテーマを選んだのですか?

蛍田:頭が回ってなかったのであんまり覚えてないですが、後半の見開きの絵だけが最初に思い付き、「そこに辿り着くためにはどういう人物の会話と行動があるのか」と逆算しながら作成した結果、そのテーマになりました。

――センシティブなテーマでもありますので、制作するうえで注意したことも多そうですね。

蛍田:全くメッセージ性のないところから作ってはいますが、全体がまとまり始めてから「現実にこういう立場で悩んでいる人もいるから、物語の仕掛けとしてこういう属性の人を描くのはどうなのか?」と思い、ただ単に仕掛けとして扱ってしまわないように「自分のことを話すという物語である」ということが伝わるように注意して描きました。気を付けましたが、「出来ていない」「そういう事ではない」という部分があれば勉強不足で本当に申し訳ないです。

――メインの兄弟にモデルなどはいましたか?

蛍田:モデルはいません! 手癖で描いて一番速く描けるビジュアルにしています。

――「人生のB面を~」「世の中は結構フニャフニャにできてるんだし」など、ついつい口に出して読みたくなるセリフの連続でした。セリフ選びはどのように行ったのですか?

蛍田:この漫画の場合、序盤は会話しか物語を進ませる推進力がないため、気を引くワードは隙あらば意識して入れました。また、比較的直感寄りでセリフを選んでいると思います。ただ、パッと見た時の文字のバランス(ひらがな·漢字·カタカナの割合)、絵とフキダシのバランス、フキダシ内での収まりにストレスがないかなどは重視しており、その範囲内で完成までにあれこれ変えています。

――また、「寝耳にミミズくん」「野生化したスーパーボールの群れ」といった物語に関係ない言葉も面白かったです。

蛍田:それらは本当に語感だけで決めた言葉です!

■独特の浮遊感が出ている理由

――現実感がありながらも、どこかフワフワした独特な世界観が印象的でした。本作の空気感はどのように表現したのですか?

蛍田:キャラクターと背景なら背景のほうが速く描けるため、キャラクターを最小手数にする代わりに背景は写真資料をクリスタに取り込み→モノクロ画像と線画抽出画像を作成して重ねる→印刷→アナログでトレス→スキャンしてデジタルで調整とトーン、という手順で描きました。そうすることで「漫画全体の絵の密度を保ち、キャラと背景を馴染ませつつ、ちょっと変わった表現にできるかな?」と思ったからです。

――挑戦的な表現方法を用いたからこそ独特な世界観になっていたのですね。

蛍田:ただ、Xの引用ポストを見たところ、「クリスタで写真を線画抽出しただけ」という声もあり、あまり狙い通りにはいかなかったようです。とはいえ、狙い通りにいかなかった分、その“浮いている感”を良い方に読んでもらえたら嬉しいです。

――今後はどのような創作活動を展開していく予定ですか?

蛍田:漫画を描き続けるために仕事を辞めたのですが、先述した通りトラブルに見舞われるなど、思っていたよりも早く辞めることになってしまいました。そのため、最近はパンの耳とか食べる生活を送っているのですが、出版社さんはじめ、知り合いの編集者のみなさんにそのことを伝えしたところ、様々な方面から仕事の都合をつけてもらいました。ひとまず今は紹介してもらった仕事の恩をクオリティでお返しして、次は心配ではなく期待で仕事を提案してもらえるようになりたいです。