『逃げ上手の若君』は“逃げる”の意味を更新する アニメでさらに魅力的になった野心作に

AI要約

アニメ版『逃げ上手の若君』が注目を集めている。松井優征の原作漫画を忠実にアニメ化し、中世の戦国時代を舞台に北条時行の生涯を描く。

第1話では時行が逃げ上手な少年として描かれ、宿敵の足利尊氏との対立が展開。時行の「逃げる」ことへの喜びと意味が強調されている。

松井優征の作品は読みやすく、歴史的背景を丁寧に解説しながらバトル漫画の面白さを提供。漫画学校での考え方ともリンクする。

『逃げ上手の若君』は“逃げる”の意味を更新する アニメでさらに魅力的になった野心作に

 アニメ版『逃げ上手の若君』に注目が集まっている。

 本作は『魔人探偵脳噛ネウロ』(集英社)や『暗殺教室』(集英社)の作者として知られている松井優征が『週刊少年ジャンプ』で連載している同名漫画をアニメ化したものだ。

 日本の中世(鎌倉時代末~南北朝時代)を舞台に、自分が治めるはずだった鎌倉幕府を滅ぼした足利尊氏に戦いを挑み続けた北条時行の生涯が描かれる。

 第1話。足利高氏(のちの尊氏)の謀反によって一族郎党が皆殺しにされた時行は、神官の諏訪頼重に助けられて故郷の鎌倉を脱出し、頼重の領地・信濃諏訪に身を隠すこととなる。

TVアニメ『逃げ上手の若君』ショートPV第1弾(北条時行)

 アニメの第1話は原作漫画の第1話のストーリーを忠実になぞっているのだが、だからこそ漫画とアニメの表現手法の違いが際立っており、比較しながら観るといろんな発見があって面白い。

 アニメで印象に残るのはキャラクターと背景のコントラストがはっきりとした美しい色彩とキャラクターの動き。逃げるのが得意な時行が縦横無尽に動き回る姿を通して鎌倉という土地の魅力をアニメでは丁寧に見せており、だからこそ故郷を奪われた時行の絶望が際立っている。一コマの中に情報を圧縮し、読者の想像力を刺激する原作漫画とは違う、アニメならではの映像表現に仕上がっている。

 時行の宿敵となる高氏はのちに征夷大将軍となり、室町幕府を開く英雄だ。対する時行は1335年の中先代の乱で一度は鎌倉を奪還するが、すぐに尊氏に奪い返される。その後も時行は何度も戦いを挑み続けたが、最後は足利方に捕まり、処刑されたと言われている。

 つまり歴史上の勝者は高氏であり、時行が負けることはすでに決まっている。

 第1話では、そんな高氏の圧倒的なカリスマ性が強調される。一方、時行は逃げることしかできない無力な少年だ。しかし、諏訪頼重はそんな時行を「生存本能の怪物」と呼び「逃げ上手」という「生き延びる才能」を持つ時行こそが、殺すことで英雄となった高氏に対抗できる、対極の運命にある英雄だと語る。

 「巨大な敵に対して無力な少年がどう立ち向かうのか?」という展開は、少年漫画で一番面白い対立構造だ。英雄という立ち位置が歴史によって証明されている足利尊氏に戦いを挑むということは、揺るぎない「現実」に戦いを挑んでいるようなものだ。だからこそ、「逃げる」ことで現実に立ち向かう時行という対立軸を強く打ち出す『逃げ上手の若君』の第1話を観て、心が昂ぶった。

 時行の戦いは、揺るぎない現実に対して、漫画やアニメといった虚構の力でなんとか抗いたいと密かに思っている漫画やアニメのファンの気持ちを体現しているのではないかと思う。

 また、尊氏に戦いを挑む時行の姿は、日本の中世を舞台にした歴史漫画をジャンプで描こうと挑む作者の姿勢ともどこか重なる。

 少年誌で歴史漫画を描いてヒットさせることはとても難しい。ましてや『逃げ上手の若君』の舞台は戦国時代や幕末といったポピュラーな時代ではなく、鎌倉時代末から南北朝時代という一般的にはあまり馴染みのない時代である。そのため時代背景を読者と共有するだけでも手間がかかり、力のない作家なら史実の説明だけで力尽きてしまう。

 しかしさすが、競争の激しいジャンプで3本のヒット作を出した松井優征である。本作はとても読みやすく、馴染みのない時代をあの手この手でわかりやすく解説することで、歴史漫画とバトル漫画の面白さを見事に両立している。

 松井は「ジャンプの漫画学校」という創作講座のインタビューで、漫画の魅力を攻撃力と守備力に分けて分析している。面白いストーリー、上手い絵、センスのある演出などは攻撃力。見やすいコマ割り、文字数をできるだけ少なくして台詞、不快なキャラやストーリー展開を避けるといった読者が漫画を読む上で時間や労力といったコストを減らすためのテクニックを守備力に例えている。

 攻撃力はセンスや運に依存する要素が強いが、守備力は意識すれば身に付けられるものだと松井は明言しており、守備力を高めることができれば、失点(読者人気の低下)を減らすことができると解説している。ここで松井が言う「守備力」は北条時行の「逃げ上手」と重なるものがあるように感じる。

 「逃げる」とは言うなれば究極の防御術であり、時行は逃げ回ることによって被害を最小限に止めて敵を翻弄し、体制が崩れた瞬間を狙い止めの一撃を加える。こう書くと、あまりカッコよくない卑怯な戦法だと感じる人も多いかもしれないが、逃げることに喜びを覚えた時行の活き活きとした表情を見せることで、本作は「逃げる」という行為の持つ意味そのものを書き換えようとしている。

 弱者が強者と対峙するためには、あらゆる可能性を想定した上で最善の手を尽くさねばならない。そういった厳しい現状認識を踏まえた上で「逃げる」ことの楽しさを描いているからこそ、『逃げ上手の若君』はスリリングで活き活きとした作品に仕上がっているのだ。