「全国最悪の待機児童1200人」はなぜ4年でゼロになったのか…世田谷区が保育園を増やすためにやったこと

AI要約

世田谷区は、2016年に全国ワーストとなっていた待機児童数を2020年にゼロまで減らした。この達成には、保育園数の増加だけでなく保育の質の担保も重視された。

達成の過程で、待機児童ゼロを宣言する自治体の数字にはトリックがあることが明らかになった。数字操作ではなく真の解決を模索する姿勢が示された。

「園庭のある保育園」にこだわるなど、地域環境や保育の質を重視しつつ新たな保育園用地を確保するための施策が取られた。

東京都世田谷区は、2016年に1198人で全国ワーストとなっていた待機児童数を2020年にゼロまで減らした。保坂展人区長は「保育園を増やすためにさまざまなことをやった。ただし、保育園の数は増やしつつも、保育の質も必ず担保していくという姿勢も貫いた」という――。

 ※本稿は、保坂展人『国より先に、やりました 「5%改革」で暮らしがよくなる』(東京新聞)の一部を再編集したものです。

■“待機児童ゼロ”自治体の数字のトリック

 世田谷区では、2014年の時点で待機児童が1100人を超え、その後さらに増えて1200人近くになり、全国最多といわれました。2016年には「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名ブログが話題になって、待機児童問題に注目が集まったこともあり、「世田谷区は何をやっているんだ」と激しい批判とバッシングが巻き起こります。

 一方でそのころ、複数の自治体で「待機児童がゼロになった」というニュースが報じられていました。そのニュースが広がるとともに待機児童が減らない世田谷区に批判が集まったのですが、実はそこには数字のトリックが潜んでいました。

 「待機児童ゼロ」を発表したところも、保育園に入れなかったので育休を延長したというケースを待機児童のカウントから外すなど、自治体としての計算方法を大幅に変えていたのです。

 世田谷区でも同じ手法で計算すれば、すぐに数字上の待機児童の数は減らせたでしょう。でも、それは嘘をついているのと変わらない。人為的に減らした数字により、「待機児童がこの数なら、保育園に入れるだろう」と思って世田谷区に引っ越してきた人が、実際には入れなかったといったことも起こりかねません。住民に嘘をついて見栄えだけをよくするようなことは絶対にやりたくないと思いました。

■「園庭のある保育園」にこだわって土地確保が難航

 また、待機児童が多いのだから、あれこれ条件をつけずに、地下でもどんな場所でもいいから保育園を作れ、数を増やすべきだという声も強くなっていきました。区は、保育事業者への審査を厳しくやってきましたが、「世田谷区長は『保育の質』とか理想ばかり言っていて、困っている親の声を無視している」などという批判もたびたび受けました。

 しかし、世田谷区ではかつて区立保育園で悲しい事故があった経験から「保育の質」に力を入れ、「保育の質ガイドライン」を策定してきました。子どもの育つ環境を無視する「とにかく数を増やせ」という考え方に与することはできない、保育園の数は増やしつつも、保育の質も必ず担保していくという姿勢を貫こうと原則を曲げずに取り組みました。とはいえ、それは簡単なことではありませんでした。

 苦戦した理由の1つは、子どもたちが伸び伸びと遊べるよう「園庭のある保育園」にこだわったことです。園庭を含む十分な保育スペースを確保するためには、1000平方メートル前後の土地が必要になります。ところが、東京都心部に近い世田谷区は密集した住宅地が多く、まとまった土地や空き地はありません。保育園を新しく作ろうにも、その場所がまず見つからなかったのです。

■公務員宿舎売却報道から政策のヒントを得た

 どうするかと頭を悩ませていたときに目に留まったのが、ある新聞の記事でした。私は時間があれば新聞全紙を読むのを習慣にしていて、このときも記事から政策のヒントを得たのです。東日本大震災の復興財源を確保するため、財務省が「全国にある国家公務員宿舎の多くを廃止し、跡地を売却する」という記事でした。私は以前から、世田谷区にも国家公務員宿舎がたくさんあることを知っていたので、ピンと来ました。

 すぐに知り合いの与党国会議員に「国家公務員住宅の跡地を、世田谷区で保育園用地として使いたいから、担当部署に紹介してほしい」と連絡しました。そこから、国有地を管理する関東財務局東京財務事務所と交渉を重ね、14カ所の国家公務員宿舎跡地について、長期賃貸借契約を結ぶことができたのです。

 その土地のすべてを保育園にしたわけではなく、2つの大きな公園を整備するほか、同じく不足していた障害者施設や高齢者施設の用地にしたところもありますが、まずはある程度のまとまった保育園用地を確保することができました。

 ただ、区の北部や西部などには国家公務員宿舎がもともとなかったこともあり、「これで十分な数の保育園ができます」とはいきませんでした。そこで、次に目を向けたのが農家の農地や資産を管理している農協です。区内の農家の方々には、今は畑として使わなくなった土地で駐車場を経営していたり、これからアパート経営を始めようと考えていたりする方がたくさんいると聞いていたからです。