子どもの食と居場所はなぜ大切なのか 「おなかを満たされれば悪いことをしない」

AI要約

中本忠子さんは40年以上にわたり、家庭環境に恵まれない子どもたちに食事と居場所を提供してきた。彼女の活動は非行少年たちの再犯を防ぐ力を示している。

食事の質が人の精神状態に影響することが示唆され、栄養不足が暴力行動などに影響を与える可能性がある。

中本忠子さん、佐藤初女さん、鈴木雅子教授の経験から、「食」が人を立ち直らせる鍵であることが示唆されている。

子どもの食と居場所はなぜ大切なのか 「おなかを満たされれば悪いことをしない」

家庭環境に恵まれない子どもたちに食事と居場所を提供し、子どもたちから「ばっちゃん」と慕われる中本忠子(ちかこ)さんからお話をうかがった。今年90歳の中本さんは、広島市で40年以上にわたり、300人を超える子どもたちの世話をしてきた。(食品ロス問題ジャーナリスト/井出留美)

中本さんは40代半ばだった1980年に保護司となった。保護司とは犯罪や非行を起こした人が更生するのを見守るボランティアだ。

保護司になったばかりのころに受け持った中学2年の男子生徒には、シンナーの薬物依存があった。中本さんの自宅にその生徒が通うようになると、強烈なシンナー臭のため、中本さんの飼い猫までシンナー中毒になってしまったほどだ。

シンナーをやめようとしない少年にわけを聞くと「おなかがすいているから」だという。親がアルコール依存症のため家庭で食事を用意してもらえないことが多く、シンナーで空腹をまぎらわせているというのだ。それ以来、中本さんは自宅でその子に毎日ごはんをつくってあげるようになった。

3週間もすると、その子はシンナーも万引きもやめ、学校に通い出すまでになった。その子が同じような境遇の少年たちを連れてくるようになり、それをきっかけに中本さんの活動がはじまった。

2015年には中本さんの活動を支援するNPO法人「食べて語ろう会」が設立され、2016年には新たな拠点となる「基町(もとまち)の家」ができ、スタッフが手分けをして、子ども・成人を問わず、訪ねてくる人たちに毎日食事を提供している。

中本さんは、世間から白い目を向けられがちな非行少年たちを「自分の宝」と言い切る。「子どもはおなかを満たされれば悪いことをしない」というのが中本さんの信条だ。これまで薬物の再犯はあっても、それ以外の再犯はないという。

しかし「食」に非行少年の行動を変えるほどの力があるのだろうか。

食事の質が人の精神状態に影響する──。そんな調査結果がある。

広島県福山市立女子短期大学の鈴木雅子教授(当時)は、1986年に広島県内の中学生1169人を対象におこなった調査から、食生活の悪い生徒の7~9割は「いらいらする」「腹が立つ」「すぐにカッとする」傾向にあると指摘している。

「キレる」子どもたちに共通する食事の特徴は、ビタミン、ミネラル、食物繊維が不足していることだ。ビタミンやミネラルの少ない食事や欠食をしていると脳が「栄養失調状態」となり、気分がふさいだり、いらいらしたりするなど精神面への影響が出てくる。

たとえば、脳の唯一のエネルギー源であるブドウ糖は、豚肉や玄米などに多く含まれているビタミンB1が不足すると、体内でスムーズに分解できなくなってしまうことがわかっている。

「食が満たされないことで、心と体が満たされず、その結果として起こしている行動に対しては、まずは食を満たしてあげれば子どもたちは変わってきます」というのが鈴木さんの持論だ。

それはまさしく中本忠子さんが40年以上続けてきたことそのものである。中本さんの場合、手づくりの料理を食べさせるだけでなく、一人ひとりの話を聴いてあげることで、子どもたちが安心できる居場所も提供している。

子どもたちにとって中本さんは、たんにおなかを満たしてくれるだけでなく、心まで満たしてくれる存在だ。

「食」で人をいやすというと、青森県で「森のイスキア」を主宰していた故・佐藤初女(はつめ)さんのことを思い出す。自殺願望など心に苦しみを抱えて訪れる人を、心のこもった手料理でもてなし、多くの人を救ってきた。

中本忠子さん、佐藤初女さん、そして鈴木雅子さんの3人は、戦中・戦後の食料難を経験した世代である。その3人がそろって、「食」こそ人を立ち直らせる「鍵(かぎ)」だと考えたことは興味深い。