妻が口にした何気ない一言に、かつて抱いた“殺意”が蘇った…44歳夫の告白 「僕はずっと普通に生きてきたと言ってきたけど、本当はそうじゃなかった」

AI要約

奥園傑さんは妻に家を追い出された過去を語る。彼は10年間不安定な関係を続けてきたが、妻には1回しかセックスしていないという事実があった。

美緒さんは過去に心に大きな傷を負った女性であり、その経験から人間関係に苦しみ、仕事も定着しなかった。しかし、彼女には強い意志が宿っていた。

傑さんは自分の普通さをコンプレックスに感じ、美緒さんを救い、支えることで自分の存在価値を見つけようとしていたが、自分の過去に向き合うことになる。

妻が口にした何気ない一言に、かつて抱いた“殺意”が蘇った…44歳夫の告白 「僕はずっと普通に生きてきたと言ってきたけど、本当はそうじゃなかった」

 どん底にいるとき、人に救われることがある。だがそれは永続的なものではない。ほんの一瞬、ふっと救われ、そこからは自力で立ち上がるしかないのだ。ずっと誰かが支えてくれるなどということはめったにないし、それを当てにしてはいけない。一方、「救う」側はどう考えるのか。救い、支えることが自分の存在価値になってしまったら、その人は「自分」を生きていることになるのだろうか。

「僕が甘かったんですかねえ。ひとりの愛する女性を救いたい。ただそれだけだったんですが……」

 つい最近、妻に家を追い出されたと話してくれたのは、奥園傑さん(44歳・仮名=以下同)だ。結婚して10年、8歳のひとり息子がいるが、妻の美緒さんとの関係は、ずっと不安定だった。

「こんなこと言っていいかどうかわからないけど、美緒とはたった1回しかセックスしてないんですよ。それで彼女は妊娠した」

 知り合ったのは傑さんが30歳、美緒さんが27歳のときだった。傑さんの勤務先に、美緒さんは社員の紹介でアルバイトとしてやってきた。あまり口数の多いタイプではなかったが、毎日顔を合わせるうち、少しずつ世間話をするようになった。

「帰りに喫茶店に寄るまで1年、休日にデートするまでに2年かかりました。3年かかって、彼女はようやく自分の過去を話してくれるようになったんです」

 美緒さんは心に大きな傷を抱えていた。地方都市に生まれ育った彼女は、高校時代につきあっていたボーイフレンドに騙され、彼の友だち数人にレイプされたのだという。それを誰にも言えないまま、優秀な成績で高校を卒業、都内の有名大学に進学した。

「ところが大学に入ったとたん、彼女の中で何かがぷつりと切れたらしい。アパートにひきこもって外に出られなくなった。まだ友だちもできていない、頼る人もいない。そんな状態で苦しんで、結局、大学は休学した。でも彼女は意志が強いんでしょうね。翌年、1年生からやり直して、がんばっていい成績で卒業、これまた有名な企業に就職したんだそうです」

 だが人間、いつまでも無理は続かない。彼女の心の傷はついに大きく裂けてしまった。就職して2年で休職、一度は復帰するもやはり人間関係で悩み、とうとう退職したのだという。それからは短期のアルバイトを繰り返して生活してきたと、美緒さんはつらそうに話してくれたそうだ。

「強いけど繊細なんですよね、美緒は。僕は中学高校はサッカーに明け暮れて、そこそこの大学を出て、そこそこの会社に就職したタイプ。日々の生活に小さな楽しみを見つけて生きてきた。でも美緒は違う。心にひどい傷を負いながらも、必死で受験勉強をして難関大学に合格した彼女はすごいと思った。ただ、自分の心の傷を認めない。だから本当は引きずっているしつらくて泣きたいのにがんばってしまう。なんだかかわいそうでせつなくて……」

 傑さんは彼女を守るのは自分だと決めた。それを告げると美緒さんは、「でも絶対にあとで後悔するに決まってる」と言った。そんなふうに言われると、ある種の男性は、侠気とやらがむくむくとわき起こるものだ。傑さんは、どこかで自分の「普通さ」をコンプレックスに感じていたのかもしれない。たいした苦労もなく、ほどほどの人生で満足している自分を、心の中で少しだけ嫌悪していたのではないだろうか。だからこそ、美緒さんを救い、守り、支えたいと思った。そこに自分の存在価値を見いだしたかったのではないだろうか。

 傑さんは「それは違う」と言いかけたが、「そういう見方もできるかもしれませんね」と言い換えた。傑さんがしばらく黙り込んだ。そしてポツリと言った。

「僕はずっとごく普通に生きてきたと言ってきたけど、本当はそうじゃなかった」