「頭がいい人」ほど前例にとらわれる当然の事情、「失われた30年」にもつながっている明治時代の官僚システム

AI要約

日本の凋落の原因として、平均的な労働者を育てることばかりを優先してきたことを指摘。

工業生産が中心だった時代には適していたが、イノベーションを起こせる人材を育成しなかったことで立ち行かなくなった。

このやり方の限界を超えるためには、新たな教育や働き方の提案が求められる。

「頭がいい人」ほど前例にとらわれる当然の事情、「失われた30年」にもつながっている明治時代の官僚システム

今の日本で「頭がいい人」と思われているのはどんな人々でしょうか。高偏差値の大学を優秀な成績で卒業した政治家や官僚、あるいは経営者などが頭に浮かぶかもしれません。ですが、生物学者の池田清彦氏は、そうした人々が政治や経済を主導してきた結果が、現在の日本の凋落につながっていると指摘します。

「頭がいい」という人に見られがちな問題点と誤解について、池田氏の著書『「頭がいい」に騙されるな』から、一部抜粋・編集して解説します。

■「平均的な労働者」という呪縛

 第二次世界大戦後のしばらくは高度成長でうまくやることのできた日本が、凋落を始めたのは1990年代以降のことである。

 1960年代から80年代くらいまでの世界の産業は工業生産が中心で、なるべく安く大量に生産するというのが儲けるための最適なやり方とされていた。そして日本人はこのような種類の仕事にすごく適していた。

 日本人が画一的な工業労働に向いているのは、教育によるところが大きい。みんな横並びで、上の言うことを聞いて、同じくらいの技量の人間を揃えて一斉に仕事をする。

 そのときに全体から突出した人間は不要だから、そういう人間は頭を叩いて押さえつけ、勝手なことはやらせない。

 仕事のできない人についてはレベルを引っ張り上げようとはするのだけれど、それでもダメだったら切り捨てていく。

 そうすることで、大企業の工場で働いているような人たちのスキルは同レベルになり、安定した工業生産ができるようになった。

 こういったやり方がもっともコストパフォーマンスがいいということで、1960年代あたりから全国的に行われるようになり、1980年代の終わりぐらいまでは、この思考とやり方でうまくいっていた。

 この時期の日本は、家電や自動車などの製造販売によって世界を席巻し、戦後焼け野原だった日本の国民総生産(GNP)は、1968年に世界2位まで躍進した。

 ところが1980年代の終わりから1990年に入った頃になると、だんだんこういうやり方では立ち行かなくなってきた。

 平均的な労働者を育てることばかりを優先してきたせいで、アメリカのようにイノベーションを起こすことのできる天才的人材を育てようとしなかったことが、その大きな原因だ。