軽トラをキッチンカーに 盛岡の「板金修理工場」の挑戦

AI要約

岩手県にある中小企業が、板金修理工場からキッチンカーやキャンピングカーのカスタマイズ事業を展開している。社員の高い技術力と顧客への丁寧な対応が事業成功に貢献している。

新規事業立ち上げの経緯や準備期間、顧客へのヒアリングの重要性、そして将来の展望について説明されている。

地元産業の活性化や観光振興に貢献するため、さまざまな展開を検討している同社の取り組みが紹介されている。

軽トラをキッチンカーに 盛岡の「板金修理工場」の挑戦

 唯一無二のビジネスを作り上げている中小企業が全国各地に存在します。コンサルタントの櫻田弘文さんが具体的な実践方法や成功のポイントを探ります。【毎日新聞経済プレミア】

 岩手県のJR盛岡駅から車で約15分。市街地を抜け、田んぼや畑が広がる中を走っていると「(有)小川原自動車鈑金」の看板が見えてくる。一見、よくある車の板金修理工場だが、敷地左手に明らかに雰囲気が異なる建物がある。中へ入るとモダンな内装で、そのギャップに驚いてしまう。

 この場所は、軽トラックをキッチンカーやキャンピングカーにカスタマイズする同社の新規事業「CARRY BASE(キャリーベース)」のオフィスだ。なぜこの場所でこの事業なのか。現社長の息子で事業責任者の小川原航(わたる)さん(34)に話を聞いた。

 ◇「板金修理」のすごさを発信したい

 小川原自動車鈑金の創業は1963年だ。昔ながらの板金修理工場で地元の信頼も厚い。

 「祖父が車の板金塗装から始め、腕を見込まれて整備全般も行うようになりました。当初はディーラーの下請けでしたが、父の代で個人向けにシフトしています。現在の社員は役員を含めて14人。車好きの若手からベテラン職人まで幅広く、多くは車体整備士の資格(国家資格)を持っています」

 一方、航さんは盛岡市内の造り酒屋で営業職として働いた後、26歳で家業に入った。2015年のことだ。

 入社してまず感じたのは、社員たちの高い技術力だった。

 「ぐちゃぐちゃになった車体をきれいに元通りにするんです。ウチの社員たちはすごいなあと感動しました」

 ある社員は「設計図さえあれば軽トラの上に家も作れる」と言っていた。航さんが手描きの設計図を渡してみると、本当にその通りになるようにパーツを作ってくれたという。航さんは板金塗装技術の可能性を感じた。

 しかし、このすごい技術が、世の中できちんと評価されていないことに悔しさも感じていた。

 「自分の役割は、この尊い仕事を守り、その素晴らしさを発信していくことだと思っています」

 ◇きっかけは1枚のファクス

 では、そのために何をしたらいいのか。最初から妙案があったわけではない。そこで、少しでも社員たちが仕事をしやすいよう、工場内の整理整頓や休日改革などできることから始めていった。iPadなどを導入し、デジタル化も進めた。

 そんなある日、会社に1枚のファクスが届いた。キッチンカーやキャンピングカーの代理店募集の案内だった。

 航さんは「これだ」と思った。社長も「いいじゃないか、やってみよう」とすぐにOKしてくれた。ファクスを送ってくれた相手に連絡して説明を受けると、代理店ではなく自社展開でも十分できると思った。ノウハウもないのにそう思えたのは、自社に高い技術力を持つ社員たちがいたからだった。

 その後、この相手が事業から撤退してしまったこともあり、航さんは自社で軽トラのカスタマイズ事業を立ち上げることにした。そもそも岩手県では農業のために軽トラを所有している人が多い。潜在需要はあるはずだし、買い取ってきてそれを顧客用にカスタマイズしてもよい。

 ◇20年に事業化

 入念な準備期間を経て、航さんは20年に事業化にこぎつけた。

 当初は「軽トラの上にもう一つの部屋を」という提案だったが、これはうまくいかなかった。用途が絞られていなかったので、わかりにくかったのだ。

 そこで提案をキッチンカーやキャンピングカーに絞ると、引き合いが増えていった。

 キッチンカーは固定店舗と比べて費用を安く抑えられるため、「脱サラして飲食業を始めたい」という人など、ニーズは確実に存在していた。さらに当時は新型コロナウイルス感染症の流行まっただ中だ。固定店舗での営業を断念し、キッチンカーへシフトしたいという人もいた。

 22年には地元の人気レストラン「スコーレパタタ」が閉店することになったのだが、その味がなくなるのを惜しむ声が上がり、メニュー開発や調理を担当していた人がキッチンカーでの開業を決意した。このときのキッチンカーを担当したのが航さんたちだった。

 一方、キャンピングカーはそこまでの需要はないそうだが、物販や出張マッサージを始めたいというスポーツジム経営者などから依頼があった。

 ◇NOと言わない伝統

 航さんたちはこれまで20台以上を作ってきたが、重視しているのは顧客へのヒアリングだ。打ち合わせだけで20回以上に及ぶこともある。それは内装や外装、車内設備の話だけではない。営業許可などの申請関連や販売メニューの相談にも乗る。営業計画を一緒に考えたこともあった。

 もともと板金工場だけだった時代から、同社には顧客の要望に「NOと言わない」というモットーがあった。なぜか頼まれて、家の水回りや農機具の修理をしたこともあったそうだ。こうした精神が新事業にも受け継がれている。

 また、車両は顧客に引き渡して終わりではなく、定期的なメンテナンスも行う。それでも万が一の事故や予期せぬトラブルで車体に問題が発生することはあるが、航さんたちは当然、これにも対応する。

 さらに安い買い物ではないので、キッチンカーなどのレンタル事業も始めた。これにより、まずはどんなものかお試しで体験してもらうこともできる。

 最後に今後の展望を聞いた。

 「岩手県は観光コンテンツも豊富なので、キャンピングカーによる旅行関連事業を検討しています。買い物難民のために移動スーパーも増やしたいですし、サウナカーやジビエ用の解体処理車などもいいでしょう。自分たちの作った車が地元を走れば走るほど、まちが元気になっていく。そういうつもりでやっていきます」