「産む、産まない」をめぐる社会はこの15年で大きく変わった。シリーズ最新刊、『私、産まなくていいですか』を通じて知る、時代の変化

AI要約

甘糟りり子の最新刊『私、産まなくていいですか』が刊行された。第1弾が上梓されたのは10年ほど前。当時と今の意識の変化について著者が語る。

最初の『産む、産まない、産めない』が刊行されたのが2014年。次作『産まなくても、産めなくても』は2017年。足掛け10年以上の歳月をかけ、シリーズ最新刊『私、産まなくていいですか』が3月に上梓された。本作でも、妊娠と出産に関わる家族のオムニバストーリーが描かれている。どの中編も、現代の空気を高解像度で再現した暮らしの描写や、数多くの不妊治療の専門家への取材を経て組み立てられた物語で、たいていの人は自分ごとのように思えてしまう内容だ。

様々な女性の「産む、産まない」について向き合ってきた甘糟りり子はなぜそれを題材にしたのだろう。

少子化問題は1990年代から次第に一般に認知されはじめたが、連載がはじまろうとしていた20年後でも女性の出産を巡る意識変化はまだ起きていなかったかもしれない。しかし今、その意識が少しづつ変わりつつある。

今回、『私、産まなくていいですか』には3本の中編が収められている。「独身夫婦」では子供は要らないと約束をして結婚した夫婦、「拡張家族」では血縁や法律にとどまらない家族を描いた。「海外受精」では遺伝子にまつわる最新事情がストーリーのベースになっている。「産む、産まない」への意識は今後、どのように変化するのだろうか。

「産む、産まない」をめぐる社会はこの15年で大きく変わった。シリーズ最新刊、『私、産まなくていいですか』を通じて知る、時代の変化

甘糟りり子の最新刊『私、産まなくていいですか』が刊行された。第1弾が上梓されたのは10年ほど前。当時と今の意識の変化について著者が語る。

最初の『産む、産まない、産めない』が刊行されたのが2014年。次作『産まなくても、産めなくても』は2017年。足掛け10年以上の歳月をかけ、シリーズ最新刊『私、産まなくていいですか』が3月に上梓された。本作でも、妊娠と出産に関わる家族のオムニバストーリーが描かれている。どの中編も、現代の空気を高解像度で再現した暮らしの描写や、数多くの不妊治療の専門家への取材を経て組み立てられた物語で、たいていの人は自分ごとのように思えてしまう内容だ。様々な女性の「産む、産まない」について向き合ってきた甘糟りり子はなぜそれを題材にしたのだろう。

「10年以上前に、『小説現代』で連載をはじめることになって、担当者とテーマについて何度も話し合いました。当時私は港区に住んでいて、主に恋愛小説を綴っていた時期です。編集者に“次は家族の話はどうですか? ”と言われ、正直驚きました。連載の担当者も書籍の担当者もたまたま女性で年齢も近かったので、打合せで雑談をしていたら自然と『産む、産まない』の話題になったんですよね。その頃、雑誌業界では女性がキャリアを積んで、編集長などの責任を伴う役職を打診されるのは40歳前後で、“もう出産しませんよね”という無言の圧力が当然のようにありました。キャリアと出産の二者択一を迫られるのに、出産をしていない女性はなんとなく肩身が狭い。そんな矛盾を書いてみようと思い、産む産まないを通した新しい家族の物語を作りましょう、となったんです」

少子化問題は1990年代から次第に一般に認知されはじめたが、連載がはじまろうとしていた20年後でも女性の出産を巡る意識変化はまだ起きていなかったかもしれない。しかし今、その意識が少しづつ変わりつつある。

「産んでもいないくせに出産をテーマにした話を書くなんて、とか産んでない人になにがわかる、と言われたことは1度や2度ではないです。出産の経験って、たとえば陣痛ひとつにしてもつわりにしても、結局自分の経験が100%でそれとほとんど同じでないと不正解みたいに言われます。それもこれも私が「産んでない」から説得力がないんでしょうね。じゃあ、ミステリーの作家は、何人も人を殺したの? って突っ込みたくなっちゃいますけどね(笑)。冗談はさておき、 私は、何も産む人と産まない人の対立を作りたいわけではありません。出産というものは極めて個人的なものだと伝えたい。出産も結婚も、国力のためや社会のためにするものではないってことです。おじさんの政治家の「女性は子を産む機械」とか「子どもを産まなかった方が問題」といった発言がある度に、まだまだこのテーマで書き続けなきゃ、と思います。アンチコメントたくさん浴びてもね。一方で、不妊治療にまつわる医療やそれに順応する人々の意識の変化には驚かされます。ほんの10年前、卵子凍結なんてどこか遠い未来の話という印象でしたが、昨年から東京都が卵子凍結や凍結卵子を使用した生殖補助医療の費用への助成を開始しましたよね。すっかり日常のものになりました」

■意識をアップデートする

今回、『私、産まなくていいですか』には3本の中編が収められている。「独身夫婦」では子供は要らないと約束をして結婚した夫婦、「拡張家族」では血縁や法律にとどまらない家族を描いた。「海外受精」では遺伝子にまつわる最新事情がストーリーのベースになっている。「産む、産まない」への意識は今後、どのように変化するのだろうか。

「こういったテーマの小説を書いている私でも、友人夫婦から子どもを作るつもりはないと聞かされると、心の中で『え、なんで?』って思ってしまうことがあるんです。本当は理由なんていらないはずじゃないですか。それについて書いたのが『独身夫婦』という物語です。『拡張家族』はそれこそ『GQ』の特集でその言葉を知り、これもまた“産まない”の選択肢のひとつの形かもしれないと思い、タイトルにしました。最後の『海外受精』は遺伝子にまつわる最新技術に振り回される夫婦の物語。ちょっとSFのように受け止められるかもしれないですが、実際に世界では実例があることなんですよ。遺伝子と子宮と母体が全て別の女性になるわけで、そうなると、なにをもって母親なのか、という問題を突きつけられますね。遺伝子なのか、子宮なのか、お腹なのか、それとも育てなのか。技術が進歩すれば、その都度新しい問題が生まれるし、倫理観が問われます。そんな中、民間の有識者グループ『人口戦略会議』が4月に『消滅可能性自治体』を発表しました。この分析の根拠は、20代の女性の減少だそうです。つまり、次の世代を生んでくれる人がいないと、その自治体は終わるという考えですよね。理屈としてはわからなくはないですが、結局まだまだ女の人って産むための装置として捉えられているのだなあと思いました。何度でも言いますが、出産はあくまでも個人のもの。自治体を維持するための任務ではありません」

『私、産まなくていいですか』は、街の暮らしの描写や、流行りのキーワードで読ませる側面もあるが、通底するのは多様化な生き方への肯定だ。現代は、ジェンダーへの意識や有害な男らしさなど、絶えず意識の変化が求められている。男性もまた「産む、産まない」というテーマについて他人事ではいけない。そして本作はそれを知る一助になるだろう。