歴史的クーデターの裏側を描き大ヒットした『ソウルの春』、なぜ韓国の若者たちは映画館に押し寄せたのか?

AI要約

映画『ソウルの春』は韓国の近現代史を描いた傑作で、名優ファン・ジョンミンとチョン・ウソンが演技合戦を繰り広げる。

クーデターを巡る緊張感と二人のトップ俳優の絶妙な掛け合いが観る者を引き込む。

リアルなシーンとキャラクター設定が映画のリアリティを高め、観客を物語に引き込んでいく。

 (*)本稿には映画『ソウルの春』のあらすじに関する記述が含まれます。これから映画を見る方はご注意願います。

 (韓光勲:ライター、社会学研究者)

 韓国国民の約4分の1に当たる1300万人を動員した大ヒット映画、『ソウルの春』が8月23日、日本で公開された。

 筆者は韓国留学中の2023年11月に韓国で観賞した。近現代史を描いた韓国映画には傑作が多いが、本作は過去作と並ぶ新たな傑作だと思った。本稿では『ソウルの春』の見どころと韓国での反響をお伝えしたい。

■ 韓国映画界のトップ俳優による演技合戦

 映画は1979年10月26日、韓国大統領(モデルは第5~9代大統領の朴正煕)の暗殺から始まる。翌日、非常戒厳が宣布され、暗殺事件の合同捜査本部長にチョン・ドゥグァン保安司令官が任命される。捜査が始まるのだ。名優ファン・ジョンミンがチョン・ドゥグァンを演じる。チョン・ドゥグァンの実際のモデルは言うまでもなく全斗煥(チョン・ドゥファン)である。脚色も交えながら全斗煥を描いている。

 「18年間続いた絶対権力がついえた。だが希望に満ちた時代は訪れなかった。権力の座を欲した者たちがより深い闇をもたらした。(この映画は)その年の冬に起き隠蔽されてきた物語だ」

 オープニングではテロップでこの文言が流れたあと、荘厳な音楽とともに、朴正煕大統領の国葬に向かう大勢の民衆をバックに『ソウルの春』というタイトルが映し出される。これから始まる権力の暗闘を予告するようなオープニングだ。

 もう一人の主人公が設定されている。こちらも名優チョン・ウソンの演じるイ・テシン少将である。大統領暗殺事件後、首都警備司令官を担当することになり、クーデターを起こしたチョン・ドゥグァンと対峙するのだ。

 この映画は単に現代史を描いただけでなく、ファン・ジョンミンとチョン・ウソンという、韓国映画界を代表するトップ俳優の演技合戦でもある。最初に二人が遭遇するシーンでは緊張感のなかにファン・ジョンミン一流のユーモアが効いている。全斗煥に似せたハゲ頭、キツい方言、いやらしくタバコを吹かすその姿。二人の絶妙な掛け合いは、映画の一番の見所だ。

■ リアルタイムで描かれるクーデター

 映画はチョン・ドゥグァンがいかにクーデターを起こし、権力を掌握していったかを描く。

 チョン・ドゥグァンとノ・テゴン将軍とのやりとりも面白い。チョン・ドゥグァンの腹心であるノ・テゴンのモデルは、全斗煥の後に大統領を務めた盧泰愚(ノ・テウ)である。

 「クーデター計画はうまくいくはずがない」と言うノ・テゴンに対し、チョン・ドゥグァンは「俺の前で失敗するなんて二度と言うな」と迫る。それまで疑心暗鬼だったノ・テゴンは覚悟を決め、チョン・ドゥグァンの吸っているタバコの火をもらい、自身のタバコに火を付ける。ノ・テゴンをまっすぐ見つめ、ニヤリと笑うチョン・ドゥグァン。二人のクーデター計画がここに始まる。ノ・テゴンを演じるのはパク・ヘジュン。顔つきが実際の盧泰愚に似ており、リアリティが増している。