<24色のペン>気候変動と言ってはいけない=八田浩輔(NY支局)

AI要約

気象予報士たちが気候変動についての報道が難しい状況に直面していることが明らかになった。

米国と日本の気象予報士たちは、気候変動に対する危機感と使命感を持ちながらも、それぞれの環境や文化に合わせた報道の仕方に模索している。

メディアを取り巻く環境や行動のかたちが異なる中で、気象予報士たちは最良の科学の橋渡し役を目指し、勇気を持って行動している。

<24色のペン>気候変動と言ってはいけない=八田浩輔(NY支局)

 その日、米フロリダ州の気象予報士スティーブ・マクラフリンさんは、観測史上最も暑い月の連続記録がまた更新されたとニュース番組で伝えた。米3大テレビネットワークの一つ、NBC系列の地方局で働くマクラフリンさんは、「気候変動リポーター」の肩書も持つ異色のベテラン。米テレビ界最高の栄誉であるエミー賞の天気予報部門を受賞したこともある。

 締めのコメントに入ると言葉に少し力がこもった。

 「世界中がフロリダを気候変動の最前線とみています。しかし、私たちの(州)政府は気候変動について、もはや、かつてのような優先事項ではないと言っています」

 数日前の5月15日。共和党のデサンティス知事は「気候変動」についての記述を州法から削除する法案に署名した。俗称「気候変動と言ってはいけない法」。7月に施行され、州海域での洋上風力発電の建設を禁じる一方で天然ガスに関する規制を緩和する。気候変動に懐疑的な知事は「フロリダを環境狂信者たちから守る」ためと主張する。

 だが目の前の危機は深刻だ。州人口の4分の3が暮らす沿岸地域は毎年少なくとも1回はハリケーンの影響を受ける。周辺の海面水位はほかより速いペースで上昇し、2010年以降で15センチ近く上がった。洪水などの災害リスクが高すぎるため、一部の保険会社は州から撤退。民間の保険代理店の調査によれば、州内の住宅保険料の平均は年約1万1000ドル(約173万円)で全米平均の4倍近い。

 冒頭の気象コーナーで、マクラフリンさんは諭すように続けた。

 「気候変動に対する最も強力な解決策は、皆さんの手にあります。選挙権です。誰に投票しろとは絶対に言いません。ただ皆さんによく調べて知ってほしいのです。気候変動を信じ、解決を目指す候補者もいれば、そうではない候補者もいることを」

 分極化が進む米国で、気候変動は価値観が衝突する「文化戦争」に組み込まれている。科学の知見に反して攻撃されることもある気象予報士たちは、マクラフリンさんに喝采を送った。

 アイオワ州の放送局では昨年、気候変動を取り上げた男性気象予報士が「天気予報に専念すべきだ」と一部の視聴者の怒りを買った。執拗(しつよう)な嫌がらせは殺害予告にエスカレートした。警備を強めた局側からは「気候変動を取り上げるのは少し控えるように」と忠告を受けたという。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した彼は気象予報士としての18年のキャリアに終止符を打ち、環境コンサルタントに転身した。

 置かれた状況は違うが、日本の気象予報士たちも気候変動の伝え方に悩んでいた。

 世界環境デーの6月5日。有志の気象予報士や気象キャスターたちが、「日常的な気象と気候変動を関連付けた発信」を目指す共同声明を発表した。44人の賛同者には全国の放送局で天気予報を担当するおなじみの顔が並ぶ。

 呼びかけ人はNHKの「ニュースウオッチ9」で気象キャスターを務めた井田寛子さん。記録的な熱波や豪雨などを伝える機会は増えているのに、背景にある気候変動にはなかなか触れられないことにもどかしさを感じてきたという。米国はもとより、私がかつて暮らした欧州でも天気に関連付けて気候変動の影響を伝えることは珍しくなかった。

 しかし井田さんいわく、日本ではこれまで気象情報で気候変動を扱うのは「異質」であり、「抜け出してやってみる勇気はなかった」。

 井田さんが国内の気象予報士を対象に実施した調査では、回答者130人のうち4割は気候変動について伝えたことがないと答えたという。「気象」と「気候」の専門性の違い。放送時間がない。視聴者や局内の関心が低い。調査からはそんな共通した課題も浮かび上がった。

 井田さんは思う。「気象情報のなかでスライド1枚でも、10回のうち1回だけでも気候変動に言及できたら。この夏が終わった時に、報道が変わったねと言われるように結果が出たらいい」

 あらゆることが「政治化」する分断の米国と変化を嫌う日本。メディアを取り巻く環境も違えば行動のかたちも変わる。それでも彼ら彼女らに共通するのは、気候変動に対する危機感と、身近な天気を通じて最良の科学の橋渡し役を目指そうとする使命感だ。

 そんな気象予報士たちの勇気を、私はたたえたい。【ニューヨーク支局・八田浩輔】

<※6月18日のコラムは写真部兼那覇支局の喜屋武真之介記者が執筆します>