「逃げ場はない」対北朝鮮、最前線の島に残る恐怖の記憶 韓国・延坪島、14年前に砲撃で死者

AI要約

韓国と北朝鮮の南北軍事合意が全面的に効力停止されたことを受け、両国の間で挑発行為が続く緊迫した状況が報告されています。

韓国北西部の延坪島では島民が軍事紛争の危険に怯える日々を送っており、15年前に発生した砲撃事件のトラウマがよみがえっています。

両国の対立が激化し、韓国政府が砲撃への対策を強化する一方で、北朝鮮側も新たな対抗措置を警告しており、緊張は高まる一方です。

「逃げ場はない」対北朝鮮、最前線の島に残る恐怖の記憶 韓国・延坪島、14年前に砲撃で死者

 韓国と北朝鮮の南北軍事合意が全面的に効力停止されたことを受け、韓国軍は9日に軍事境界線付近で北朝鮮に向けて拡声器を使った宣伝放送を再開した。北朝鮮も風船によるごみの散布を繰り返し、挑発の応酬が続く。韓国が海上の軍事境界線とする北方限界線(NLL)沿いの韓国北西部・延坪島(ヨンピョンド)には連日、朝鮮人民軍の訓練と思われる砲撃音が届くという。軍事衝突がいつ起きてもおかしくない状況に、島民たちは危機感を募らせる。

 「それは怖いですよ。でも私たちは島で稼いで、島で生活しているから。どこにも逃げるところがない」。8日昼ごろ、島の食堂は旬のワタリガニを味わう軍服姿の若者や登山客でにぎわっていた。経営する女性は、笑顔を浮かべながらも胸中の不安を隠さなかった。

 北朝鮮本土まで約12キロの島では約2千人が暮らす。商店街で会った金永植(キムヨンシク)さん(73)は「普段なら北の海域に出てくる中国漁船が最近は全く見当たらない。こんなことは2010年の砲撃以来初めて」。軍事衝突の前触れではないかと懸念する。

 北朝鮮は今年1月5日、NLL北側海域に約200発の砲弾を発射。韓国軍も対抗措置として砲撃訓練を実施した。島に被害はなかったが、軍事合意の停止でさらに深刻な軍事衝突に発展する危険性は高まる。「最前線」の島民が巻き込まれる恐れも否定できない。

 民宿を営む崔明子(チェミョンジャ)さん(72)は1月5日、島内に響いた「住民避難放送」を聞き、近くの避難所に駆け込んだ。10年の砲撃以降、避難したのは初めてだった。「今は毎日のように聞こえる北朝鮮からの砲撃音に慣れているので怖くはないけど、14年前のようなことになるのだけは嫌だ」

■■■穴開いたコンクリート壁■■■

 10年11月23日、北朝鮮は延坪島に向けて砲撃を開始し、砲弾は軍施設や民家を直撃。民間人2人を含む4人が死亡し、19人がけがをした。崔さんの自宅近くにも着弾したという。「真っ黒の煙や炎が町に広がっていくのを見ても、何が起きてるのか分からなかった。砲弾が落ちるなんて想像もしていなかったから」

 島内には砲撃で倒壊した民家が保存され、「安全保障教育場」として公開されている。長さ1メートル以上ある砲弾が床に突き刺さり、コンクリートの壁に穴が開いていた。京畿道から来たという韓国人男性は「(本土の)私たちは北朝鮮からの攻撃を『漠然とした危機』だと思っているが、島民にとっては『身をもって体験した恐怖』なんだと実感した」と話した。

■■■周辺海域で軍事訓練か■■■

 韓国政府は砲撃後、島内の軍事施設を増設し、避難所を8カ所設置した。島を管轄する仁川市が定期的に備蓄や通信状況を確認している。島民には1カ月当たり10万~16万ウォン(約1万2千~1万9千円)の支援金があり、さらに増額される見通しだ。

 韓国政府は9日に対北朝鮮宣伝放送を再開し、月内にも延坪島の周辺海域で軍事訓練を行うとみられる。一方、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記の妹、金与正(キムヨジョン)党副部長は9日夜の談話で、韓国側が宣伝放送などを続ければ、新たな対抗措置を取ると警告。双方の応酬がやむ気配はない。

 被弾した民家から30メートルの場所に住むパク・ソンニョさん(90)は、強硬な対北朝鮮政策を取る韓国政府に憤る。「いくら避難所を造っても攻撃されたら死ぬかもしれない。政府は攻撃されないように努力しないといけないのに、反対のことばかりやっている」 (延坪島で山口卓)