# 松下幸之助

《政策リーフレット配布で口頭注意》総裁選立候補の高市早苗氏(63)がもつ“運と愛嬌” 2度目の出馬表明に繋がった「安倍元首相が残した“アドバイス”」
2024.09.14

《政策リーフレット配布で口頭注意》総裁選立候補の高市早苗氏(63)がもつ“運と愛嬌” 2度目の出馬表明に繋がった「安倍元首相が残した“アドバイス”」

「今の日本がなすべき事は、世界の分断回避への働き掛けと、確固たる国家観による国家経営だと考えます」──9月9日、高市早苗経済安全保障担当相(63)が2度目となる自民党総裁選への出馬を表明した。(前後半の後編。前編から読む) 同日午後の出馬会見では 「サナエあれば憂いなし」のスロー

報告書が山積みなのに見もしない…パソコンのない時代に松下幸之助が「ムダな書類」を仕分けしたシンプルな方法
2024.08.06

報告書が山積みなのに見もしない…パソコンのない時代に松下幸之助が「ムダな書類」を仕分けしたシンプルな方法

パナソニック創業者の松下幸之助は、どのような働き方をしていたのか。PHP理念経営研究センターの編著書『松下幸之助 感動のエピソード集』(PHP研究所)より、一部を紹介する――。■幸之助が自転車置き場でしていたこと 電池式のナショナルランプが普及しつつあった昭和初期の

「それでもダメなら、わしの頭を殴っていい」会社を辞めたがる新入社員に松下幸之助が提示した
2024.08.05

「それでもダメなら、わしの頭を殴っていい」会社を辞めたがる新入社員に松下幸之助が提示した"条件"

パナソニック創業者の松下幸之助は、部下に対してどのように接したのか。PHP理念経営研究センターの編著書『松下幸之助 感動のエピソード集』(PHP研究所)より、一部を紹介する――。■一度目は経験、二度目は失敗 昭和30(1955)年ごろのこと、競争の激化によって、電機

「ラジオを半値にせい」 松下幸之助が、工場長に無理な要求を通した真意
2024.07.26

「ラジオを半値にせい」 松下幸之助が、工場長に無理な要求を通した真意

高度経済成長時代が終わる頃、松下電器産業(現パナソニック)はすでに世界的な一流企業としての地位を確立していた。しかし、創業者の松下幸之助は革新の気風が薄れてきたことを危惧し、技術者の幹部社員に向けて使命感にもとづいた"意識革命"の必要性を説いたのだった。※本稿は『[実践]理念経営

なぜ松下幸之助と稲盛和夫は熱心に神社に通ったのか…一流の経営者に共通する「お祈りの中身」
2024.07.24

なぜ松下幸之助と稲盛和夫は熱心に神社に通ったのか…一流の経営者に共通する「お祈りの中身」

パナソニック創業者の松下幸之助は、神仏に熱心に祈っていたことが知られている。『成功するビジネスパーソンは、なぜ忙しくても神社に行くのか?』(PHP研究所)の著者である八木龍平さんは「願いごとよりも、自身の『あり方』『あるべき姿』を神様に誓い続けるのが、一流のビジネスパーソンに共通の『祈り』だ」

松下幸之助生誕130年 大手町の紀伊國屋書店で記念の特別展
2024.07.10

松下幸之助生誕130年 大手町の紀伊國屋書店で記念の特別展

 現在のパナソニック創業者で、昭和を代表する経営者として知られる松下幸之助の人生や仕事、経営の哲学を、言葉のパネルや写真などとともに紹介する「松下幸之助の自然の理~道は常にひらかれている~」(PHP研究所・京都市)が、東京・大手町の紀伊國屋書店で開催されている。 松下幸之助生誕1

企業の「しかたがない」は、お客には関係ない…松下幸之助が「開発中の超薄型ラジオ」に激怒したワケ
2024.05.31

企業の「しかたがない」は、お客には関係ない…松下幸之助が「開発中の超薄型ラジオ」に激怒したワケ

パナソニック創業者の松下幸之助はどのような人物だったのか。PHP理念経営研究センターの新著『松下幸之助 感動のエピソード集』(PHP研究所)より、一部を紹介する――。■「製品そのもの」で勝負すべき 昭和40年代に松下電器の生産技術研究所が、部品自動挿入機械の「パナサ