「もし運転手さんに娘さんがいたら」…超美人ホステスさんからの「人生相談」【タクシードライバー哀愁の日々】

AI要約

タクシードライバーとして女性客から誘われることはなかったが、妖艶な女性の相談相手になることがある。

一度誘われたドライバーがトラブルに巻き込まれたエピソードや、夜の仕事を隠しているホステスからの相談を通じて、タクシードライバーの立場から親子関係について語る。

初老の気の小さなタクシードライバーは、恋のお相手よりも相談相手が向いていると感じながら、それぞれのお客と向き合っている。

「もし運転手さんに娘さんがいたら」…超美人ホステスさんからの「人生相談」【タクシードライバー哀愁の日々】

【タクシードライバー哀愁の日々】#31

「運転手さん、一度や二度は女性から誘われたこと、あるんじゃないの?」

 ある夜、銀座から吉祥寺までという男性客からこう尋ねられた。ほろ酔い加減で上機嫌の様子だ。「いえいえ、残念ながらそういう経験は一度もありません」。私は笑いながらそう答えた。距離的に1時間近くはかかりそうだし、話したがっている様子がうかがえたので、さらにこう続けた。「仮にですよ。仮に誘われたとしても、“はい、そうですか”なんて、とても、とても。そんな勇気はありませんよ」。お客は「たしかにそうだね」と話題を変えた。

 私自身、ワケあってタクシードライバーになった時点で離婚していたから“自由の身”ではある。だが、見ず知らずの女性客、それもお客とドライバーの関係で色恋なんて考えたこともなかった。仮にそんなシーンになったとしても“据え膳食わぬは……”など怖くてできるわけがない。

 実際、そういう女性客の言葉に甘えてしまい、後日、とんでもないトラブルに巻き込まれたドライバーがいるという話を聞いたことがある。“いただきます”とコトに及んだところ、翌日、怖いお兄さんから「俺の女に……」という電話が会社に入ったという。

 乗員証にはしっかりとドライバーの名前が入っているから、逃げ隠れできない。結果として、お客の誘いに乗ってしまったドライバーは「美人局」の餌食になってしまったのだ。同じ社のドライバーではないから、どう決着がついたかは知らない。もちろん、真面目な恋愛関係、あるいはめでたく結婚というケースもあるには違いないが……。

 幸か不幸か「恋のお相手」の経験こそないが、妖艶な女性の「相談相手」になることはしばしばある。ある日の深夜、上野から埼玉県の浦和までの女性客を乗せた。1万円以上の上客のうえ、超がつくほどの美人だ。乗車して間もなく「私、ホステスの仕事、親には内緒にしているの、もし運転手さんに娘さんがいたとしたらどう思います?」と尋ねられた。

「お客さまがしっかりしていれば大丈夫ですよ。でも正直に言えば、夜の仕事じゃないほうが安心かもしれませんね。親はいくつになっても子どもが心配なんですよ」

 私は差しさわりのない答えのつもりで応じた。

 だが、女性は反論してくる。「でも、子どもって、私はもう20歳過ぎですよ」。お客を怒らせるわけにはいかない。私は軌道修正を試みた。「たしかに子ども扱いされ鬱陶しいですよね」と言葉をつないだ。「そう、その通り運転手さんみたいに話が分かってくれたらいいのに」と態度を和らげる。私は「親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない」ということわざを紹介しながらこう話した。「親の言うことは正しいときもあれば、間違っていることもありますよね。それもこれも、親の愛情の表れです。無駄はないと思えればいいのでは……」。すると、彼女は納得したようにこう言った。

「そのことわざ、初めて聞きました。親って、そうなんですね。私もちょっと考えてみます」

 目的地に着くと、彼女は「運転手さん、ありがとう」とさわやかに言い残して去っていった。その後ろ姿を見送りながら、「偉そうにお説教じみたこと言って失礼しました、聞き流してください」という思いで私は頭を下げた。とにかく、彼女が円満な親子関係で暮らせることを願いつつ……。

 とりあえず独身ではあるが、気の小さな初老のタクシードライバーには「恋のお相手」より「相談相手」がお似合いなのだ。

(内田正治/タクシードライバー)