「Lines(ラインズ)─意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館)開幕レポート。震災後の再オープン

AI要約

金沢21世紀美術館が、能登半島地震後、初めて展示室を再オープンし、展覧会「Lines(ラインズ)─意識を流れに合わせる」を開催。

展示室の再オープンに際して、ガラスの天井板を全て撤去し、異なる姿で再開される。

多様な文化的背景を持つ16作家の35作品が展示され、テーマは「線」を通じて生活や人間関係の形成を考えること。

「Lines(ラインズ)─意識を流れに合わせる」(金沢21世紀美術館)開幕レポート。震災後の再オープン

 金沢21世紀美術館

が、今年元旦に発生した能登半島地震後、初めて展示室を再オープン。展覧会「Lines(ラインズ)─意識を流れに合わせる」をスタートさせた。会期は10月14日まで。担当学芸員は黒澤浩美と野中祐美子。

 同館では、能登半島地震によって展示室のガラスの天井板が一部落下。その影響により展示室が長期間休室状態となっていた。展示室の再オープンにあたり、ガラスの天井板はすべて撤去。これまでとは異なる姿での再開となった。

 同館の長谷川祐子館長は、約半年にわたる休館を「美術館にとっては非常にイレギュラーなことだった」と振り返りつつ、こう語る。「多くの励ましをいただいた。今後、震災に対して美術館に何ができるのかを長期にわたって示す必要がある。今年の当館のテーマは『アートとエコロジー』であり、社会や政治が大きく変わるなかで、美術館に何ができ、どう未来に進めるのかを探究していく。本展はその皮切りになるものだ」。

 本展は、英国の人類学者であるティム・インゴルドの著作『ラインズ 線の文化史』(左右社、2014)からインスピレーションを得て構想されたもの。世の中に存在するすべてのものを「線」という視点から考察し、線が生活や人間関係をどのように形づくっているかを、作品を通じて考えようというものだ。

 日本、ベトナム、オーストラリア、ガーナ、フランス、オランダ、デンマーク、チェコ共和国、アメリカ、ブラジルの10ヶ国から多種多様な文化的背景を持つ16作家(グループを含む)の35作品が並ぶ。

 参加作家は、エル・アナツイ

、ティファニー・チュン、サム・フォールズ、ミルディンキナティ・ジュワンダ・サリー・ガボリ、マルグリット・ユモー、マーク・マンダース、ガブリエラ・マンガーノ&シルヴァーナ・マンガーノ、

大巻伸嗣、エンリケ・オリヴェイラ、オクサナ・パサイコ、ユージニア・ラスコプロス、SUPERFLEX、サラ・ジー、ジュディ・ワトソン、八木夕菜、横山奈美。

 このなかから、とくに注目したい作品をピックアップして紹介する。

 美術館のメインエントランスに展示されたエンリケ・オリヴィエラの《死の海》(2024)は、ブラジルで拾った膨大な合板の廃材によって構成されたインスタレーション。本作は、オリヴィエラが20年来続けているシリーズのひとつ。生命体のように曲がりくねるフォルムは、金沢21世紀美術館の建築と外部の自然を接続させる。

 反対側(市役所側)のエントランス近くにある吹き抜け。ここで存在感を放つのはサラ・ジーの《喪失の美学》(2004)だ。日常生活にある、ありふれた様々な物質を組み合わせた同作は、複雑な構造を強調しながら、つねに流動する世界の姿を示唆する。

 ネオン管で言葉を形づくり、それをキャンバスへと描くことで知られる横山奈美。新作の《Shape of Your Words[In India 2023/

8.1-8.19]》(2024)はインドでの滞在制作で生まれたもので、初めて本人以外の人々が書いた言葉「I

am」をコラージュした作品だ。手書きの様々なラインには、それを書いた人々の身体性が宿る。

 昨年、国立新美術館での個展

で大きな注目を集めた大巻伸嗣は、新作の大作《Plateau》(2024)を発表した。巨大な円盤に描かれたのは風紋のようなドローイング。修正ペンによって1本の線で描かれたその上には、大和堆(やまとたい、日本海の中央部にある浅瀬)の空と海、そして地形が刻まれた銀色のオブジェが設置され、後者はゆっくりと動き続けている。大地を形成する長大時間やその記憶、そしていまもつねに運動を続ける地球の姿を展示室で知覚させるものだ。

 エル・アナツイの《パースペクティブス》(2015)は、廃材を織り込んで制作された高さ12メートルもの巨大なタペストリーで、人の手を介して有機的に絡まり合う様子を示すとともに、共有した時間の流れがそのまま織物となって顕現化されている。様々な線がつながり面となる、本展の象徴的な作品だ。

 八木夕菜の《鯖街道》(2023)は、その名の通り福井・若狭から京都まで続く「鯖街道」をモチーフにしたもの。人々の往来を示すLines(線)として地図に残る鯖街道の道筋を、2021年から2年間にわたって料理家・中東篤志とともにたどり、25ヶ所の生産者たちの姿を写真として記録した八木。点と点をつなぐ線としての足跡が、日本列島の豊かな自然や人々の知恵が綿々と紡がれていることを示す。

 「建物としての肖像画」をコンセプトに彫刻・平面を制作しているマーク・マンダース。《4つの黄色い縦のコンポジション》(2017-19)は、顔に施された縦の黄色い線と、崩れ去る(あるいはこれから構築されようとする)身体の対比が強い印象を与える作品だ。力強い線の存在と、人間の儚さが強調されている。

 小さな展示ケースに入った《短く悲しい文(二国間の国境に基づく)》(2024)は、オクサナ・パサイコという詳細が明らかにされていないアーティストによるもの。石鹸の上には5本の人毛が貼り付いており、それはある国の境界を表している。本作で曲線を描く人毛は、紛争のたびに人為的に引かれる直線的な国境に対する批判が込められている。小さいながらも力強い作品だ。

 SUPERFLEXによる《権力のトイレ

デス・マスク》(2024)は、ドイツのボンにある国連気候変動枠組条約事務局のトイレにある便器からトイレットペーパーまで、すべてのパーツを型取りしたもの。金沢の工芸作家による協力でつくられた未焼成の粘土は壊れやすく、権威的な建築の強固さとは正反対の性質を持つ。

 最後に本展を担当した黒澤の言葉を紹介したい。「いまの世界には様々な亀裂が生じている。それを縫い合わせるヒントを、アーティストたちの作品から掴み取ってもらえたら」。