第21回:遺品のPCから誰も知らなかった口座を発見―デジタル遺品サポート会社の最新事例

AI要約

デジタル遺品に関する話題を紹介している本連載では、デジタル遺品の認知度が上昇しており、デジタル遺品整理の需要が増加している。

デジタル遺品整理サービスを提供するGOODREIの事例を通じて、PCや暗号資産などのデジタル遺品整理の実態が紹介されている。

現時点ではPCが依然として主要な調査対象であり、デジタル遺品整理サービスのさらなる発展が期待される。

第21回:遺品のPCから誰も知らなかった口座を発見―デジタル遺品サポート会社の最新事例

■ デジタル遺品対応はまだ模索中の段階

 デジタル遺品に関する話題を紹介している本連載ですが、楽天インサイトの調査によると、「デジタル遺品」という言葉の認知度は2024年1月時点で50.6%あり、昨年同月の同じ調査をしたときから3.4ポイント上昇しているそうです。世代を問わず、デジタル機器やデジタルサービスが暮らしに浸透したことで、必然的にデジタルの遺品が増えている現れといえるでしょう。

 そうした背景もあって、近年はデジタル遺品の捜索や整理を求める人が増えていますが、頼れるサービスはまだ少ないのが現状です。データ復旧会社やPCサポート、遺品整理会社など、さまざまな分野の企業が暗中模索している段階で、バックボーンによって得意な領域も異なります。

■ 2023年6月にスタートしたデジタル遺品整理サービス

 千葉県に本拠を置くIT企業のGOODREIが、2023年6月にスタートしたのが「デジタル資産バトン」です。PCやスマホ、ドライブレコーダーなど、故人が残していったさまざまなデジタル機器の解析から、クラウドストレージやオンライン口座などに残る財産性のある遺産の調査まで、依頼に応じて柔軟に対応しています。

 代表の末吉謙佑さんは2012年にPCの周辺機器販売やアパレル販売から事業を開始し、新規事業を模索するなかで暗号資産に関する事業に乗り出したといいます。所在が分からなくなった暗号資産の調査依頼を受け付けるようになり、その流れでデジタル遺品を整理する事業に行き着きました。

 事業開始から1年経った現在は、財産性のあるデジタル遺品を中心に月に2~3件の相談を受け、そのうち半分が依頼につながっているとのこと。デジタル遺品サポートには、ハードの解析や復旧が中心のタイプと、オンラインの持ち物調査や処理といったソフト面が中心のタイプがありますが、同社はそのハイブリッドタイプといえるでしょう。

 着手金や成果報酬はケースによって幅がありますが、「今のところは、基本的に着手金30万円と50万円のコースを依頼される方が中心になっています」(末吉さん)といいます。

 どちらのコースも、対象となるデジタル機器は1~2台。その中身を整理し、金融関連データを特定し、パスワード解析やデータ復旧といった行為も作業に含まれます。救出した金融資産の20%が成果報酬となるとのこと。

 このコースを中心にして、この1年間に対応した印象深い事例を3件教えてもらいました。

■ ケース1:個人事業主だった夫のPCを解析してアフィリエイトサイトを売却

 第一に挙げられたのは、40代女性からの依頼です。個人事業主として仕事していた夫が急死したため、自宅に残されたデジタル環境から思い出関連のものから財産性のあるものまで、できるかぎり取り出してほしいとの相談でした。

 スマホは開けなかったものの、自宅に残されたPCにはログインできたため、そこからSNSアカウントや送受信メール、ブラウザーのブックマークなどの調査はスムーズに進めることができたといいます。銀行口座の情報も拾うことができました。

 その口座の入金を調べていくと、特定の口座から定期的にまとまった振り込みがなされていました。依頼者も知らない口座です。「しっかり調べてみると、アフィリエイトサイトの入金用にサブ口座を開設していたことが分かりました。そこでまとまった金額になると、メイン口座に移していたようです」(末吉さん)

 アフィリエイトサイトを突き止めた末吉さんは、「このまま更新しないとSEO的に価値がどんどん下がっていく」と判断し、依頼者に売却を提案。了承を得て、アフィリエイトサイト専用のM&Aサービスを介して売却し、全ての作業を終了したそうです。

 PC内の作業はスムーズだったものの、アフィリエイトサイトの特定と売却に時間がかかり、トータルで4カ月半かかったとのこと。

 PCのデータ復元にとどまらないデジタル遺品の調査サービスということで、予想外の口座や収入源などが見つかったときには、そこから新たな調査が始まります。そうして結果的に、当初の予想以上に長い期間を要するケースもあるようです。このあたりはデジタルに限らず、遺品整理全般で共通する傾向といえるでしょう。

■ ケース2:PC内と海外に散らばる暗号資産を相続する

 次に挙げられたのも、急死した夫の遺品整理です。暗号資産を運用していた50代の男性が亡くなったとのことで、その所在を確かめて相続対応できる状態までサポートしてほしいとの依頼でした。こちらは、暗号資産の調査依頼受付を始めた頃からのメンバーである木村元成さんが担当したとのこと。

「このケースでも故人のPCにはログインできたので、暗号資産取引所の利用やウォレットの所在を捜索しました」(木村さん)

 調査の結果、故人はPCにインストールするタイプのウォレットを利用していて、そこに暗号資産を保有していることが判明しました。しかし、パスワードが分からないため、改めてブラウザーの履歴を洗い直し、パスワードマネージャーなどを使って有効な文字列を捜したといいます。そこでパスワードが見つかると同時に、海外に複数の取引所の口座を作っていたことも分かりました。

 最近は海外の取引所でも相続対応の環境が整ってきており、死亡証明や相続手続きに関する書類を提出することで比較的スムーズに法定通貨への交換や指定口座への振り込みなどに応じてもらえたといいます。結果として1000万円近くの財産が見つかったとのことでした。

 このケースの作業は比較的短く、全体の工程を含めて2週間程度で済んだそうです。また、この金額規模なら、前回触れた相続赤字の落とし穴には嵌まらずに済むので、その後の手続きも安心して進められるでしょう。

■ ケース3:祖父のDVD/HDDレコーダーから思い出の写真をサルベージ

 壊れたデジタル機器からデータを取り出してほしいという要望もあったそうです。30代女性から依頼されたのは、亡くなった祖父が愛用していたDVD/HDDレコーダーの捜索でした。

 こうした製品の一般的な用途はテレビ番組の録画ですが、デジタルカメラやビデオカメラのデータを保存できる製品もあります。依頼者の祖父は、撮りためていた家族の写真や動画も、この中に保存していた可能性があったそうです。本体はすでに動かなくなっていましたが、できるかぎり中身を取り出したいという依頼でした。こちらも担当は木村さんでした。

 「実機を開けてみると基盤がショートしていました。完全に故障していたので、分解して互換性のあるパーツを捜してきて交換するというのをひたすら続けました。するとどうにかハードディスクが再生できるようになって、家族写真がたくさん見つけ出せました。非常に喜んでもらえて、深く印象に残っています」(木村さん)

 作業にかかった期間は約2カ月。大半は互換性のある部品を捜すところに時間を費やしたそうです。

■ 2024年時点でもPCが主戦場になることが多い

 デジタルの遺品は遺族の目に見えにくいため、財産性のあるものも、思い出深いものの、手元にたぐり寄せられずに苦しむケースが少なくありません。故人のデバイスにログインできたり、新たな遺品を発見したりしたあとも、処理の方法が分からずに途方に暮れるということもよくあります。

 冒頭で触れたとおり、デジタル遺品を入り口から出口までサポートしてくれるサービスはまだ少なく、業界としても模索の段階にあります。

 そうしたなかで、提携する葬儀社や士業事務所をから紹介されたり、ウェブで検索して直接問い合わせるなどして、同社にたどり着く遺族もじわじわと増えているそうです。

 一方で、スマホが調査の舞台になるケースが案外少なかったのが、長くこのテーマを追ってきた身としては少し意外に思いました。これだけスマホが普及している中でも、スマホが調査の対象になる事例は案外と出てこないのだな、と。

 通信利用動向調査の世帯別の情報端末保有率をみても、令和5年時点でスマホが9割を超えているのに対し、PCは10年以上漸減を続けており、65%に留まっています。QRコード決済サービスやファイナンスアプリなどの普及もあって、ハード調査の主な舞台はスマホに移っているのではないかと、はじめは筆者も考えていました。

 これについて末吉さんは「弊社の場合は金融資産の調査が中心になりますが、そうなると現状ではPCの調査が中心になることが多くなりますね。スマホが開ければそれに越したことはないですが、開けなくても何とかなるといいますか」と言います。

 スマホも当然ながら重要なハードですが、この連載でも何度も言及しているように、非常に強固なセキュリティに守られていて、遺品調査では高い壁になるケースが珍しくありません。

 その鉄壁を越える難しさに加えて、長期にわたる資産運用には長年PCを使う人が多く、そちらを中心に解析することが現状では合理的ということかもしれません。

 ただし、PCのセキュリティレベルも年々高くなっているため、中身を調べるのも大変になってきていると肌で感じてもいるそうです。

 IT技術を駆使した解析と探偵的な調査方法を併用する同社ですが、環境が変わっていけば打つ手も変えざるを得ません。そうした模索を今後も続けながら事業を拡大していくと意欲的に語っていました。

 2025年や2026年にはまた別の切り口でデジタル遺品と向き合う必要が出てくるかもしれません。今後も最新のデジタル遺品調査の現場を追いかけていきたいと思います。