「ここだけを切り取って集めるコレクターも」14世紀半ばに記された、楽譜の中央にある“見どころ”とは…

AI要約

14世紀半ばに作られた彩飾写本の1ページである零葉を紹介。

挿絵や装飾頭文字が特に見所で、カトリック教会の祈りの歌を記した聖歌集についてのページ。

写本の素材や制作地、作者についても触れながら、中世写本の魅力を紹介。

「ここだけを切り取って集めるコレクターも」14世紀半ばに記された、楽譜の中央にある“見どころ”とは…

 印刷技術が発達する以前の、1冊ずつ手で書き写して作られた本を写本と言い、金を使った鮮やかな挿絵で飾られたものは特別に彩飾写本と呼びます。ここで紹介するのは、14世紀半ばに作られたそんな彩飾写本の1ページである零葉(れいよう)。零葉とは元の本から切り離された1枚ものという意味です。

 本作は、カトリック教会の祈りの歌を載せた聖歌集の一部で、公現祭というキリストの誕生を祝う祝日に歌う聖歌が、ラテン語の歌詞と古い形式の楽譜で記されています。

 一番の見所は、ページの左側中央に描かれた金を用いた挿絵部分でしょう。これは単なる絵でなく、「Ante luciferum genitus」で始まる歌詞冒頭の文字Aを豪華に飾った装飾頭文字(イニシアル)というもの。かつては、この装飾頭文字だけを切り取って集めるコレクターもいたほど、中世写本でも人気の部分です。描かれているのは、「東方三博士の礼拝」の場面。キリストの誕生を祝うために東方からやってきた3人の博士が聖母に抱かれたキリストに挨拶をしているところです。

 また、他の歌詞の冒頭文字もサイズが少し大きく、交互に赤と青で書かれ、その周りに同じく交互に紫と赤の線条の装飾をあしらっています。

 写本の字と絵は別の人が担当するのですが、全体にとても調和した印象を受けます。それは余白に描かれた蔓草模様の曲線と、音符が生み出す流れ、そして手書き文字のカーブが響き合っているから。また、左側の直線が五線譜と均衡しながら画面全体をまとめあげ、丸状の装飾が音符や文字と一緒にリズムを刻んでいるからです。

 一般に写本の来歴は不明のことが多いのですが、この零葉はイタリア中部アブルッツォ地方のベネディクト会修道院のために作られたと分かっています。装飾頭文字の左側に跪いている修道僧は司祭長のマッテオと考えられており、挿絵の場面に居合わせたように見えますね。

 また、写字も挿絵も作者が分からないことが多いのですが、本作は、挿絵をべラルド・ダ・テーラモが描いたと分かっている貴重な例でもあります。アブルッツォで活躍し、人の頭部や鳥、またそれらを組み合わせたモチーフを好んで用いたことで知られます。

 本作が描かれている獣皮紙という素材についても触れておきましょう。一般に羊皮紙と呼ばれ、羊・牛などの動物の皮をなめし、薄く削って紙状にした大変に高価で丈夫なものです。毛が生えていた側が表で、内側(裏)の方が薄い色という特徴があります。このページは裏側なので表側より白っぽい色をしています。

 中世写本は見事な職人技や信仰が凝縮された小宇宙といえます。しかし、それは一目で理解できるものではありません。覗きこまなければ見えてこないけれど、知るほどに引き込まれていく魅力が詰まっているものなのです。

INFORMATIONアイコン「国立西洋美術館 内藤コレクション 西洋の写本―いとも優雅なる中世の小宇宙」

札幌芸術の森美術館にて9月29日まで

https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2024manuscript.html