「弁護士の経験が活きているかも」顔のない死体、シリアルキラー、二つの凶器……凄惨な殺人事件の謎を追う捕り物帖ミステリ

AI要約

織守きょうやさんの初の時代小説である『まぼろしの女 蛇目の佐吉捕り物帖』には、新米の岡っ引きが江戸で起こる殺人事件の謎を追うストーリーが展開されている。

織守さんは、作品のトリックに合わせて江戸時代を舞台に選んだが、時代小説の雰囲気やキャラクターの行動などを描く際に細かな配慮が必要だった。

作品のタイトルは欧米の古典ミステリをもじったもので、各作品の雰囲気や内容に合った名前を付けるために悩みながら決めていった。

「弁護士の経験が活きているかも」顔のない死体、シリアルキラー、二つの凶器……凄惨な殺人事件の謎を追う捕り物帖ミステリ

「記憶屋」シリーズ、『黒野葉月は鳥籠で眠らない』、『 花束は毒 』など、ホラーとミステリのジャンルで多くの作品を生み出してきた織守きょうやさん。今回、自身初の時代小説である『 まぼろしの女 蛇目の佐吉捕り物帖 』を上梓されました。新米の岡っ引きが江戸で起こるさまざまな殺人事件の謎を追う、という内容の本作、織守さんにとっては初の「本格ミステリ」でもあって……。創作秘話をたっぷり伺いました。

――最新刊『まぼろしの女』には、時代ものでしか描けないトリックがいくつも出てきます。織守さんには、もともと時代小説に挑戦してみたいという気持ちがあったのでしょうか。それとも、江戸時代でしかできないトリックを思いついたので、時代ものを書くことを決めたのでしょうか。

織守 もともとは後者だったんです。1話目の「まぼろしの女」のトリックを考えついて、これをやるんだったら、時代は現代じゃないほうがいいだろうと思いました。舞台もいろいろ考えたのですが、最終的に「江戸時代だな」と。そこに合わせてやるしかないと決めて、江戸ならではの要素を足していきました。せっかくそういう風に始めたシリーズだから2話目以降にも同じような驚きが欲しいし、1話目と地続きの世界観でやりたいなと思って、自分の首を絞めた感じです(笑)。

――初めての時代小説、どのような部分に大変さを感じましたか?

織守 風景や周囲にある小道具なども現代とは違いますし、着物だから動きも変わってきたりする。さらっと描きたいキャラクターの行動でも、一回一回立ち止まって考える大変さはありましたね。台詞も、時代性と読みやすさの案配を考えながら書くのは、今までにない経験でした。

――目次を見ると、「まぼろしの女」「三つの早桶」「消えた花婿」「夜、歩く」「弔いを終えて」と収録作のタイトルはすべて、欧米の古典ミステリの名作をもじったものになっています。発想の順番としては、書きたいアイデアが先にあり、それに合う古典のタイトルを見つけてこられたということでしょうか。

織守 そうです。1話目を書き上げてタイトルを考えたときに、これは「まぼろしの女」しか考えられないな、と思ったんです。ウィリアム・アイリッシュの名作に『幻の女』がありますが、「幻」がひらがなだったら許されるのではないかと。次に書いた作品も「三人が殺されるから、『三つの棺』をもじったものにできる」と思い、いっそ名作縛りで揃えたタイトルにしようと決めました。ここまではすんなり決まったんですが、それからは毎回、書き終わったあとにタイトルを考えるわけなのでかなり悩みましたね。本棚を眺めながらいくつか候補を考え、担当さんとも相談しながら決めていきました。

――ジョン・ディクスン・カーの『夜歩く』をもじった「夜、歩く」は、タイトルと作品の雰囲気もぴったり合っています。こちらは、連続辻斬り事件を取り上げた作品ですね。

織守 江戸時代を舞台にするからには、辻斬りもやってみたいなと。私が書いたなかで、一番人が多く死ぬ短編ですし、アイデアの部分ではいちばん苦労した作品です。

――作品の真相には触れないように話しますが、殺人を犯し、精神状態が正常でないと思われる人間と佐吉が対峙する部分があります。なにか一つ間違えたら自分も殺されてしまうかもしれないという場面の緊迫感が凄まじかったですが、この描写には、織守さんの元弁護士としてのご経験が活きているのでしょうか。

織守 たしかに前職で、殺人事件の加害者の方と間近で話した経験はあって……なぜなら精神鑑定で「責任能力がない」となった場合には被疑者は拘置所ではなく病院に行くので、弁護士も病院で会うことになるんです。拘置所と違って仕切りもなく、本当にすぐそこ、という距離感で話すんですよね。その時は、少しでも怖いと思ったらおそらく相手は察してしまうので、平常心で、あくまで一人と一人の人間として話し合わなくては、という思いがありました。「夜、歩く」のその場面も、「私だったらこうするだろう」と考えながら書いたので、今思えば経験が活きていると言えるかもしれません。