映画『ブルーピリオド』になぜハマる?中年の湿った心を熱くする「名セリフ」の味わい方

AI要約

映画『ブルーピリオド』は、アニメ化・実写化された人気漫画を原作として、中年でも心を揺さぶる要素が満載の作品である。

主人公の八虎が美大受験を決意し、自らの葛藤や努力を通じて成長していく姿が描かれ、内面の葛藤や情熱に共感を覚える作品となっている。

映画版は原作やアニメとは異なるキャラクター造形や演出が施され、特に眞栄田郷敦さん演じる眞栄田版八虎の内省的な雰囲気がテーマによくフィットしている。

映画『ブルーピリオド』になぜハマる?中年の湿った心を熱くする「名セリフ」の味わい方

 美大を目指す男子高生が主役の映画『ブルーピリオド』が公開中だ。アニメ化もされた人気漫画が原作だが、中年でも心を揺さぶられる要素が満載だったので、強く推すレビューをここに記したい。特に心が震えるのは、劇中の「名セリフ」の数々である。(フリーライター 武藤弘樹)

● なぜか中年の心を掻き立てる マンガ大賞受賞作の実写化

 映画『ブルーピリオド』が8月9日に劇場公開され、好評である。この作品は2020年マンガ大賞に輝いた同名の漫画が原作で、すでにアニメ化もされているが、今回はその実写化に当たる。

 原作『ブルーピリオド』は「読む人の心をアツくさせる」ことに定評があり、読者からは「主人公を応援しているだけのはずなのに自分の胸が無性に高鳴る」「走り出したくなる」といった感想が常々寄せられている。

 漫画原作のアニメ化・実写化は、原作ファンの複雑な心境(期待したい気持ちと、原作の感動を損なわないでほしいという不安)の上に行われるからどのような時も鬼門だが、本作品は実写化に成功したと個人的に感じた。この場合の「成功」の定義もそれぞれだろうが、「ひとつの映画作品として面白かった」と感じることが、一鑑賞者としてできたのであった。

 また、もはやアラフォーとも呼べない中年になりつつある筆者(今年で44歳)でも、己の中に青く燃える情動がまだ存在することを今作を通じて確認することができたのは、興奮を禁じ得ないポイントであり、特筆すべき映画体験である。

 映画『ブルーピリオド』の見どころを、原作やアニメ版と比較しながら解説したい。なおネタバレには極力留意していく。

● 原作と映画版の違い 主人公・八虎になぜ感情移入するのか

 夜遊びしながらも成績優秀で、周囲の人たちとも良好な人間関係を築けている男子高校生の八虎は、その生活にどこか空虚さを感じていた。絵を描くことの魅力に開眼するも「絵は趣味でいいのではないか」と、いわゆる“現実路線“の懸念が大きな葛藤となって立ちはだかってくるほど真っ当な”凡人“であり、そんな自分を痛いほど自覚している。

 しかし美大受験を決意し、“凡人“たる自分が自分なりの工夫で“天才“たちと同じ土俵でしのぎを削る努力を、悩みながらも重ねていく。その努力の原動力は「絵を描きたい」というシンプルな衝動であり、その八虎の姿には手放しに応援したい気にさせられるはずである。

「絵を描きたい」という衝動に従って美大受験を決意したことは八虎にとって大きな一歩ではあったが、「好きな物を『好き』と言うには勇気がいる」といった芸術家らしからぬ、しかし一般の人が抱きがちな迷いがあったり、作品制作の上で「器用に、なんとなくそれっぽいもので取り繕おうとするクセ」に悩まされたりする。つまり感性はとことん一般人に近いので、芸術家然としていないところが共感しやすく、また八虎の挑戦を見ごたえのあるものにしている。

 原作およびアニメの八虎は、饒舌で基本的に明るいが、映画の八虎は寡黙である。内面のたぎる炎だけをそのままとし、漫画と映画ではまったく別のキャラ造形だが、これがよくハマっていたように思う。「喋らない主人公」はゲームでよく使われる手法だが、プレイヤーが感情移入・自己投影しやすい。映画『プルーピリオド』は2時間超の作品で、原作・アニメからするとかなり駆け足の構成なので、「金髪・夜遊び」といったやや尖り気味の属性を持つ主人公に冒頭から感情移入するには、この八虎の“寡黙“は効果的だったように思う。

 また、八虎を演じる眞栄田郷敦さんの演技が非常に良くて、台詞の少なさを補って余りある雄弁さがあった。そしてこの眞栄田版八虎のたたえる内省的な雰囲気が、この映画のテーマのひとつである「自分自身への問いかけ」と実によくフィットしていたのであった。