名匠ホン・サンス監督が贈る人間ドラマ「WALK UP」 小さなアパートで暮らす男女を描いたモノクロームの世界

AI要約

映画監督のビョンス(クォン・ヘヒョ)が、娘のジョンス(パク・ミソ)とインテリアデザイナーのキム・ヘオク(イ・ヘヨン)と共に、小さなアパートで過ごす会話を通じて女性たちを描く「WALK UP」。監督との撮影体験や作品に込められたメッセージについてクォン・ヘヒョが語る。

ホン・サンス監督の無謀な撮影スタイルや作品へのアプローチについて述べる。撮影はシナリオ通りだが、アドリブは禁止。クォン・ヘヒョは現場に行く際にストレスを感じず、楽しい気持ちで臨むと語る。

監督の作品における男性と女性の描写、社会的背景への関心の薄さ、そして最新作「WALK UP」において大きな事件がないが、人生や男女関係について深い会話が展開されることを強調する。

名匠ホン・サンス監督が贈る人間ドラマ「WALK UP」 小さなアパートで暮らす男女を描いたモノクロームの世界

 映画監督のビョンス(クォン・ヘヒョ)は娘のジョンス(パク・ミソ)とインテリアデザイナーのキム・ヘオク(イ・ヘヨン)を訪ねる。3人はワインを飲みながら話し込むが──。名匠ホン・サンス監督が地上4階、地下1階建ての小さなアパートを舞台に、ビョンスを取り巻く女性たちを描く「WALK UP」。主演のクォン・ヘヒョさんに本作の見どころを聞いた。

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 ホン・サンス監督からいつもふらっと電話がかかってきます。「この時期に撮る予定なんだけど、一緒に撮る時間はある?」と。そしていつもどんな物語かわからないままスタートします。「あなたの役は映画監督だよ」くらいしか情報がないんです。以前「なぜ当日の明け方にシナリオを書くのですか?」と聞いたことがあります。監督は「自分でも自分の中からどんな物語が出てくるのかわからない。極限まで自分を追い込んでその時点で浮かんだ考えやイメージを書く。そのほうが事前に計画を立てて書くよりも正直なものになるんだ」とおっしゃっていました。

 私は監督の撮り方が好きです。普通、俳優はその日やることを知っているので「うまく演じなければ」と思って現場に行きますが、何も知らないのでまったくストレスがないんです。楽しい場所に遊びに行くような気持ちになります。ただしアドリブは一切ありません。完璧にシナリオ通りなので現場に着いてからは緊張感も漂いますし、相当な集中力が必要とされます。

 監督から「今日は話すことが多いよ」と分厚い紙を渡されると「これを覚えなきゃいけないんだ」とため息が出る時はあります(笑)。

 監督は初期のころから男性の欲望や至らなさ、惨めな姿など、普通の男性が隠したいと思う部分をあえて描いてきたと思います。対して女性は自立した主体的な存在として描かれます。いまの世の中にマッチしているかもしれませんが、監督自身は社会の変化にはあまり関心を持っておらず、最近はルノワールなど印象派の絵画や音楽から影響を受けているようです。

 本作に大きな事件はありません。でも人生や男女についての会話に耳を傾けながら、どこか自分と似た姿や気に入った場面を見つけて楽しんでいただければと願います。

(取材/文・中村千晶)

※AERA 2024年6月24日号