死亡個体と交尾するサルは“異常”なのか…「死の概念」はヒト特有のものかもしれないと言える理由

AI要約

動物の死生観を明らかにする死生学(Thanatology)について探求する中で、野生のベニガオザルが死亡個体との交尾行動を示す珍しい事例が報告された。

死体との交尾行動が適応的な種もあるが、ベニガオザルのような哺乳類においては非適応的な行動である可能性が高い。

研究結果から導かれる仮説として、社会的順位の低いオスたちにとって、無抵抗な状態のメスが交尾のチャンスとして認識された可能性が示唆されている。

死亡個体と交尾するサルは“異常”なのか…「死の概念」はヒト特有のものかもしれないと言える理由

 動物にとって、個体の「死」は避けることができない現象です。動物は、仲間の「死」に直面した時に、どう振る舞い、どのような影響を受け、それとどう向き合うのでしょうか。そもそも動物には、「死の概念」があるのでしょうか。こうした動物の死生観を明らかにするのが死生学(Thanatology)です。

 普段は霊長類の社会的行動を研究している私が動物の死生観に興味持つようになったのは、タイ王国で野生のベニガオザルを観察する中で、とある衝撃的な事例を観察したことがきっかけでした。

 それは、「死亡個体との交尾」です。

 私たちは、自然条件下の野生霊長類では初めてとなるこの「死亡個体との交尾行動」を報告する論文を執筆し、2024年5月13日付けの国際学術誌Scientific Reportsに掲載されました。

 前編『“死んだメスと交尾するサル”を記録…観察した研究者が語るその一部始終』では、2023年1月30日に観察された死亡個体との交尾行動の様子について書いています。

 動物界を広く調べると、実は死体との交尾行動は決して珍しい行動ではありません。

 種によっては、“適応的”な行動である場合すらあります。例えば、カエルの例では、死んでいるメスに対して繁殖行動(カエルは体外受精なので交尾とは言いません)をおこなうことがあります。メス自身が死んでいても、体内にある卵が受精可能な状態であれば、抱擁行動によってその死体から卵を搾り出し放精することで、オスは自分の子孫を残すことができます。

 ですが、ベニガオザルをはじめ哺乳類においては、死体との交尾は非適応的である(子孫を残すことはできない)ことは明確です。それどころか、その個体が感染症などの病気で死亡している場合には、死体と接触することによって自分も病気に感染するリスクを負うことになります。従って、理論上は死体との接触は避けるという行動の方が自然であり、実際にニホンザルでは多くの個体が死亡個体に対して無関心であったという報告もあります。

 このような背景から考えても、死体に対し、それも死後3日目の状態であっても、交尾行動が起きるということはにわかには信じ難い事例です。

 我々は、今回観察された死亡個体との交尾行動4事例の詳細を解析しましたが、一連の行動に通常の交尾行動と異なる点は見当たりませんでした。つまり今回交尾が観察されたオスたちは、この死体と、“いつも通り”交尾をしたことになります。メスが「死んでいる」状態であることが、行動に影響を与えている証拠は見当たりませんでした。

 一方で気になる点と言えば、今回交尾をしたオスたちはみな社会的順位が低く、普段交尾があまり観察されないオスたちであったということです。この調査地の過去のデータでは、メスとの交尾は社会的順位の高いオスたちによって占有される傾向にありますが、今回これらの順位の高いオスたちは死亡個体に対して接触や毛づくろいはしたものの交尾はしませんでした。

 死亡個体に対する毛づくろいの様子などから、ベニガオザルたちは、死体と対面した際に、その個体が「通常ならざる状態である」ことは理解できているらしい、ということはわかります。ですが、それが「死んでいる」状態であることと結びつかないようです。

 「通常ならざる状態」に陥っているメスを見たことによる強烈な心理的ストレスが性的興奮を喚起した、という解釈もありえますが(ベニガオザルではケンカが起きて社会的緊張が高まると交尾が頻発することがあります)、もし仮にそうだとすると、交尾をしたオスの社会的順位に偏りが生じている理由の説明がつきません。

 これらの結果から我々は、死体との交尾が起きたのは、「メスが無抵抗な状態で横たわっている」という状況が、普段交尾機会の獲得が難しい社会的順位の低いオスたちにとって、交尾のチャンスであると認識された結果である可能性が高い、と結論づけました。

 普段交尾機会がたくさんある順位の高いオスたちにとっては、そのメスと交尾するよりも、「通常ならざる状態」であることの違和感から交尾を避ける選択をしているらしいと考えられます。そして、死後3日目の腐敗が進んだ状態のメスに対しても交尾がおこなわれたことを考えると、ベニガオザルたちには明確な「死の概念」がないのではないか、という結論に達しました。