「親が悪い、だけじゃない」虐待経験者たちの苦しみや回復…丁寧につづった“REAL VOICE”

AI要約

5人の虐待経験者の苦悩や回復の歩みが描かれた「REAL VOICE」。その中から1人の若者の過去と変化が語られる。

医療スタッフとの出会いで支えを受け、自立を果たした琴海さん。同様の境遇にある若者たちへのメッセージも掲載。

親から育児放棄された山本さんが発起人となり、施設出身者の支援活動を通じて多くの虐待経験者の声が社会に届く。

「親が悪い、だけじゃない」虐待経験者たちの苦しみや回復…丁寧につづった“REAL VOICE”

 虐待から逃れて生き延びた子どもたちは、今どう生きているのか-。自身も虐待されて児童養護施設で育ち、同じ境遇にいる若者の支援を続ける山本昌子さん(31)=東京=が、若者5人の思いを聞き取った本が出版された。タイトルは「親が悪い、だけじゃない-虐待経験者たちのREAL VOICE」。大人になってからも続く苦しみや回復への歩み、支える大人たちの姿が丁寧につづられている。 

 5人のうちの1人、琴海さん(24)が育ったのは、週に六つの習い事をさせるような、教育熱心で裕福な家庭だった。物心ついた頃には、何か失敗するたび親から殴られ、物が飛んでくるのが当たり前。真冬に水風呂に入れられたことや、遊具から突き落とされて鼻の骨が折れたこともある。

 中学時代、父は家に帰らず、統合失調症の母は部屋で包丁を振り回すようになった。食べ物はなく、風呂にも入れず、安心して眠ることすらできない。中3で自殺未遂をして一時保護されて以降は、精神科への入退院や家出を繰り返した。

 そんな生活は19歳の時、信頼できる医療スタッフとの出会いで変化する。市販薬を過剰摂取するたびに根気強く話を聞き、携帯番号まで教えてくれた医師。寝付くまでそばにいて、甘えさせてくれた看護師。虐待によるトラウマ(心的外傷)が原因とみられる解離性障害の治療を受けただけでなく、「育て直された感じ」だったという。

 今は自立して、ダンサーを目指す琴海さん。支援に携わる人には「細く、長く、つながり続けてほしい」と願い、虐待を受けた当事者には「頑張ろうとしなくてもいい」「ただ生きていて」と語りかける。

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 著者の山本さんは親から育児放棄され、生後4カ月から18歳まで乳児院や児童養護施設で育った。2016年に「ACHAプロジェクト」を設立し、施設出身者に振り袖を着る機会を提供したり、都内の自宅を居場所として開放したりしている。

 活動を通じて、多くの若者たちの心に虐待の傷が残り、生きづらさを抱えていることを知った。23年にはそうした生の声を社会に届けようと、全国の虐待経験者70人を訪ね歩いて撮影したドキュメンタリー映画「REAL VOICE」を公開した。

 映画の中で主役2人以外の出演者は、それぞれの思いを数秒語るのみ。視聴者から「(他の子たちの話も)もっと聞きたい」との声が多く寄せられた。出演者5人に生い立ちや親への思い、生きる支えになったことなどをインタビューし、半年かけてまとめた。

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 本には、琴海さんのほか、小4から実父による性的虐待が続いていても、母からは見て見ぬふりをされた杏(あん)さん(19)▽実母からの厳しい暴力を「しつけ」と信じて抗わず、初めて親子げんかしたのは里親という侑珠(うみ)さん(24)▽アルコール依存症の母や異父兄から暴力を受けながら、幼い弟を育ててきた蓮(れん)さん(20)▽幼少期からの母の暴力に加え、13歳で母の交際相手から性的虐待を受けた凛(りん)さん(23)-が登場する。

 5人に共通するのは、児童相談所が介入しながらもなかなか保護に至らず、虐待環境から離れるのに長い時間を要したこと。山本さんは「なぜ時間がかかったのか、里親とうまくいかなかったのか。声を上げにくく表面化しづらいからこそ、世の中に知ってほしいと5人を取り上げた」と話す。

 「お母さんが私のこと守れない理由もわかる」「ママを救ってくれる人がいればよかった」。本に出てくるこうした言葉は、これまで山本さんが出会った若者たちからも、何度も聞いた。タイトルにはこんな思いを込めた。

 「なぜ育てられないのに産むのかと親を責める声が、困っても誰にも頼れず孤立する環境を生み、虐待につながっていくのではないか。声をかけ合い、支え合いながら子育てしていく社会になってほしい」 (文中、山本さん以外は仮名)

 (新西ましほ)