党首公選主張で共産党「除名処分」の松竹伸幸さん 最高裁まで覚悟の法廷闘争と党の現状 一聞百見

AI要約

ジャーナリストの松竹伸幸さんが日本共産党から除名処分を受け、党員であることを主張する裁判を行っている。彼は党内で要職を務めた経験があり、党員としての活動を長年続けてきた。

松竹伸幸さんは「シン・日本共産党宣言」という著書で党首公選制を求め、野党共闘の障害となっている安全保障問題の議論を提起した。しかし党はこれに反発し、除名処分を決定した。

党は松竹伸幸さんの主張が党の綱領に反するとして除名を正当化し、党内からの攻撃と説明した。松竹伸幸さんは動きを「あっという間だった」と振り返りながら、党からの処分に苦笑している。

党首公選主張で共産党「除名処分」の松竹伸幸さん 最高裁まで覚悟の法廷闘争と党の現状 一聞百見

レーニン全集が並べられた自宅で差し出された名刺には「私は共産党員だ」という一文が書かれていた。差し出し主はジャーナリストの松竹伸幸さん(69)。昨年、日本共産党に党首公選制の導入を呼びかける著作を出版し、その後、党から除名処分になった。

党を相手に、除名処分は無効で、自分がまだ党員であることを認めさせるという裁判が東京地裁で係争中だ。冒頭の名刺はこの裁判のためにつくったものだという。6月20日の第1回口頭弁論で党側は訴えの棄却を求めたが、訴訟はまだ始まったばかり。「最高裁まで続くでしょうね」と遠くを見据える。

大学2年生だった昭和49年7月に入党して以降、一貫して党員だった。党本部での勤務歴もあり、政策委員会安保外交部長という要職を務めた経験もある。退職後は、出版社で編集の仕事に携わりながらも党員としての活動は続けていた。「党費も納めていたし、支部の会議にも毎回出席していましたしね」と笑う。

状況が一変したのは、昨年1月19日、「シン・日本共産党宣言」(文春新書)の出版だった。副題は「ヒラ党員が党首公選を求め立候補する理由」。

「すべての指導機関は、選挙によってつくられる」とある党規約第三条を理由に、党首選を実施し、野党共闘の壁となっている安全保障問題についての議論を国民に公開する。そのことを通じて共産党への抵抗感を和らげる-という趣旨だった。

現役党員からの刺激的な申し入れに思えたが、それに反発する党の動きは迅速だった。出版から2週間後の2月2日には党の調査が入り、5日には党京都南地区常任委員会が除名を決定、翌6日に党京都府委員会がそれを承認し、公表した。

志位和夫委員長(当時)は9日、処分の理由を「党内の正式のルートで表明することをしないまま、外から党を攻撃したからだ」と説明。攻撃の内容として「日米安保条約堅持、自衛隊合憲という党綱領に反する主張を公然と行った」と主張した。

一連の動きを「あっという間だった」と振り返り、「6日には日本記者クラブでの会見が予定されていましたから。党員を名乗って会見することは許さないということだったんじゃないんですかね」と苦笑しながら話す。