72歳町工場主「廃業で土地活用」3者満足の妙策とは

AI要約

72歳の町工場経営者が、マンション建設のため隣地を取得するために奮闘する様子が描かれている。

隣地の所有者が亡くなり、相続人との交渉を経て土地取得の可能性を模索するものの、さまざまな課題に直面する。

最終的に、税理士の助言を得て、土地の交換を通じて全員が満足する解決法を見つける。

72歳町工場主「廃業で土地活用」3者満足の妙策とは

 72歳の町工場経営者は、廃業して跡地にマンションを建てる計画。隣地を取り込んめば、きれいな四角の土地になるため「譲ってほしい」と申し出たものの、うんと言ってもらえず……。税理士の広田龍介さんの解説です。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇マンションの資産価値上げるには

 Kさん(72)は1650平方メートルの広い敷地で工場を経営している。あたりは、かつては同じような町工場が建ち並ぶ工場街だったが、廃業などで次第にマンションなどに置き換わり、今やKさんの工場は、時代から取り残されたような浮いた存在になっている。

 Kさんも以前から、そろそろ潮時だろうと考え、工場を解体してマンションを建設することを計画していた。

 だが、それに踏み切れない事情があった。

 工場の隣には、Aさんの自宅敷地100平方メートルがある。Aさんの土地は道路に面しており、それを取り込んで工場敷地と一体化できれば、きれいな四角形の「整形地」になる。マンションの資産価値がぐんと上がるのは間違いない。

 そこで、Aさんに再三、土地を売ってほしいと声を掛けてきたのだが、Aさんは「売る気はない」の一点張りだった。そんなこんなで計画が延び延びになっているのだ。

 先日、そのAさんが亡くなった。相続人はAさんの妻と長男、長女の3人。Aさん宅の建物は老朽化しており、建て替えも必要になっているようだ。

 Kさんは、相続が始まって状況が変わったかもしれないと思い、少し時間を置いてから、Aさん宅を訪れた。

 改めて、土地を譲ってほしいと持ち掛けると、Aさん同様、家族も「この場所から離れる気はなく、売却する意思はない」という考えだった。ただし、話をするうちに「近くに適当な土地があれば、移転するのはやぶさかではない」という柔軟な考えを引き出すことができた。

 Kさんはこれを一歩前進ととらえた。近くで適当な土地を探すと、Aさん宅から道路向かいに50メートルほどの場所で、Bさんが150平方メートルの土地を売りに出しているとわかった。Aさん家族にとっては、近所で今よりも広いため、好条件だろう。さっそくAさん家族に打診すると、そこならよさそうだと、好感触だった。

 そこで、Aさん家族とBさんに売買条件などを出してもらい、話を進めることにしたが、土地面積に1.5倍の差があることがネックになってきた。

 同地域にある二つの土地の地価は同じであるため、面積に比例し、Bさんの土地のほうが1.5倍高くなる。Aさん家族が今の土地を売却してBさんの土地を購入するには、50平方メートル分の購入資金が余分に必要だ。

 また、Aさん家族が土地を売却する場合、マイホーム(居住用財産)売却の特例として売却益から最高3000万円を控除でき、税額は抑えられるものの、それでも税負担は痛いという。ただでさえ、自宅解体や新築の費用もかかる。

 Aさん家族からは「良い話だったが、とても、それだけの資金は出せそうにない。今回は遠慮したい」と回答があった。

 ◇土地交換特例の要件は

 だが、Kさんはどうしてもあきらめきれない。それなら、自分がBさんの土地を買い取って、Aさん家族の土地と交換してはどうかと考えた。

 税理士に相談すると、土地を交換する場合、税制上の交換特例が適用されれば、譲渡税の負担がなくなるという。

 交換特例の要件には、いくつかあるが、交換の差額が「どちらか高い方の時価の20%以内」で、交換する土地を同じ用途に使う必要がある。

 Aさん家族の土地とBさんの土地は時価で1.5倍の差があるから、差額は20%を超えている。「要件は満たせないな」とKさんががっかりしていると、税理士は「時価とは、客観的な時価ではなく主観的な時価でもよい」という。

 どういうことだろうか。

 税理士によると、KさんがAさん家族の土地を時価の1.5倍でも手に入れたいのなら、その土地は「時価の1.5倍の限定価格」になっていると考えることができる。そうした場合でも要件を満たせるという。

 確かにKさんは、Aさん家族の土地が手に入り、自分の土地全体の価値が上がることを考えれば「1.5倍」は安いぐらいと思っている。

 だが、交換特例には「交換目的の取得はできない」という要件もある。

 KさんがBさんの土地を購入し、その後、Aさん家族と土地の交換をした場合は、交換目的で取得した土地との交換となるため、特例の適用はなくなる。あくまでも、BさんとAさん家族の直接の交換が前提になるのがポイントだ。

 ◇3人とも円満解決へ

 そこで、KさんはBさんと交渉することにした。Bさんが自分の土地をAさん家族の土地と交換してくれるのなら、交換後の土地を現在のBさんの土地の売値に移転コストを上乗せした額で買い取る、と持ち掛けた。

 Bさんにとっては、今の売値以上の価格で売却できるのなら反対の理由はない。Aさん家族にとっても、Bさんの広い土地が手に入るのならと、むしろ歓迎してくれた。

 Aさん家族とBさんの土地の交換の手順はこうだ。

 まず、Aさん家族には交換特例が問題なく適用され、譲渡税はかからない。

 一方、Bさんは、交換後すぐ売却するため、転売目的の交換にあたり、特例の適用はない。まず、自分の土地を売却してAさん家族の土地を購入し、その後に購入した土地を売却したものとして申告する。

 自分の土地の譲渡税については、もともと想定しているものだから問題はない。購入後の土地売却の譲渡税は、税率の高い短期譲渡(所有期間5年以下)になるが、交換後即売却になるため、その間の値上がりはなく、譲渡益は生じない。

 この土地交換で、Kさんはマンションの資産価値が上がり、Aさん家族は広い土地を手に入れ、Bさんは売りに出していた土地の買い手を見つけることができた。まさに3者満足の解決法となった。